テヘラン日本人学校の校長を務めた西田隆之氏は、2023年4月から3年間の任期中、4度の国外退避を強いられた。今年2月末からイスラエルとアメリカによる攻撃が続く中、今年度、学校は休校状態となったが、西田氏はいまも毎日、現地と連絡を取っている。西田氏が現地の教育や、子どもたちへの思いを語った。
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初代校長はイラン大使
テヘラン日本人学校は、正式には「在イラン日本国大使館附属日本人学校」です。通常、日本人学校は企業や日本人会が立ち上げるものですが、テヘランは初代校長が大使という珍しい学校です。今は文科省が教員を派遣し、「テヘラン日本人会」の協力のもとに運営しています。
学校は外国人が多く住むテヘラン北部にあり、教員は派遣された日本人6名と、現地採用の日本人音楽講師、英語、美術を教える非常勤のイラン人です。美術では工芸センターで指導している方が授業をしてくれて、美しいタイルのモスクが有名なイランらしく、焼き物体験をしました。こうした現地の文化を取り入れられる点が日本人学校の魅力の一つでもあります。
児童生徒は少なく、ほぼマンツーマン指導です。いくつかの商社が撤退したことで、日本人家族がだいぶ減りました。伊藤忠商事、丸紅、住友商事などの商社やJT、そしてNHK、共同通信、朝日新聞、読売新聞などのメディアが、テヘランに駐在員をおいています。
最初の退避は赴任から1年がたった2024年。4月14日の午前3時、領事から電話が入りました。
「先ほどイスラエルから攻撃があったので、今日の入学式は延期してください」
音が聞こえなかったので、攻撃には気付きませんでした。テヘランは空襲警報がなく、イスラエルの攻撃は夜間に軍や政府の施設をピンポイントで狙うため、寝ている子どもは気付かないことも多いのです。
外務省が出す渡航の危険情報がレベル3に上がったので、私たち派遣教員はすぐ帰国するように文科省から言い渡されました。
25年前、韓国のソウル日本人学校に赴任した際に、派遣教員たるもの、子どもたちと家族が帰国するのを見届けてから帰任するものだと教えられました。そのくらいの使命感を持って来ているので、生徒より先には帰れないと文科省に掛け合いましたが、結局、最初の退避では1人の子どもを残して先に帰国することになりました。本当に申し訳ない、と保護者の方にお詫びしました。


