日本では古来より、腹部だけが太鼓のように膨れ上がり、苦しみながら死に至る“原因不明の奇病”が発生していた。
山梨、広島、福岡。ごく限られた地域に根を張り、農民から戦国武将まで無差別に命を奪い続けた病。国内最古の記録は、なんと戦国時代まで遡る。
その正体が「日本住血吸虫」という寄生虫であると突き止められたのは、わずか100年ほど前のことだ。
宿主に卵を産みつけて殺す“恐怖の寄生虫”
この寄生虫の恐ろしさは、その侵入方法にある。日本住血吸虫の幼虫は、宿主の皮膚に触れた瞬間、そこを突き破って体内にねじり込む。
宿主に入り込んで成虫になると、1日にだいたい3000個の卵を産みながら、約3年間生きる。この卵が臓器の細い血管に詰まり、重篤な症状を引き起こすのだ。
彼らの中間宿主となるミヤイリガイは水辺に生息している。田んぼに入らなければ生きていけない農民にとって、感染を避けることは不可能に近かった。
山梨では流行地に嫁いだ娘の末路を歌った民謡まで生まれている。
「嫁にはいやよ野牛島は、能蔵池の葦水飲むつらさよ」
流行地の若者たちは子どもの頃の感染によって発育が著しく阻害され、20歳になっても11、12歳にしか見えないほどだったという。
終息宣言が出たのはわずか26年前
戦後に入ると、中間宿主であるミヤイリガイを根絶するため、大規模な“駆除作戦”が実施される。連合軍総司令部(GHQ)まで介入して、水路のコンクリート化や、殺貝薬の散布といった対策が進められた。
国内での終息宣言が出たのは最も遅い福岡県で平成12(2000)年のこと。しかし、あくまで国内での“終息”に過ぎない。
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