中1時のもめごとで不登校になり、授業についていけなくなった

――何があったのでしょう?

米田 中学1年生の時が早くもターニングポイントでした。同級生となかなかウマが合わなかったんです。ゴミ捨てで分別するとかしないとか、当番を守らないとか、お金の貸し借りをきっちりしたいのに、「それくらいの額ならどうでもいいでしょ」と返してくれないとか。当時の私はいわゆる「正義マン」で、そういう不正を見逃せなかったんです。     

 今から振り返れば「価値観の違い」なんですが、当時はまだ中学生でしたからね。しかも正義感が強かったので、言わなくていい時に余計な一言を言ってしまって……。当然、揉めに揉めました。その度に大ゲンカになって、いつの間にか派閥抗争みたいになっていき、大騒ぎになりました。すると、きっかけである私ともう1人が職員室に連れていかれました。

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――進学校でもそんなことがあるんですね。

米田 先生に「落ち着きなさい」って言われるんですけど、「自分は悪くない!」としか言えず、実際にそうとしか思えませんでした。強情な態度を崩せなくて、そのうちに周囲との関係性もギクシャクしてきて。一方で、私と対立した子は本当にのんきで、「変なやつに絡まれちゃった」としか思っていない雰囲気でした。そのうち段々と教室にいられなくなっていき、登校してもすぐに早退する日も出てきました。

写真はイメージ ©︎graphica/イメージマート

――不登校が勉強の面にも影響した?

米田 あっというまに置いてけぼりを食らいましたよ。私がいた学校の授業テキストは中学生向けを意識せずに作られていて、かなり発展的な内容まで書いてあります。すぐに中学範囲は終わってしまい、ともすれば大学で扱うような難解な内容の議論が始まることもしばしば。もちろん中学生がギリギリついていける程度にコントロールしてくれるのですが、それも毎回出席している前提の話。出席したりしなかったりでは、ついていけるはずもありませんでした。特に中学受験になかった英語は貯金が全くないので、すぐにわからなくなりました。

――焦りはありましたか?

米田 もちろん塾に通ってカバーしようとはしましたけど、別にできるようになるわけではないんですよね。得意な数学などたまに相性のいい分野のときだけはできるけれど、どの科目も満遍なく微妙にできなかった。校内では下から1割以下、全国偏差値で50台半ば程度だったと思います。

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