4月から“プロカーラー”として新たなキャリアを踏み出した吉田知那美(34)。
12年所属した「ロコ・ソラーレ」の退団という大きな決断を経て、現在はカナダで開幕した世界初のプロリーグ「ロックリーグ」で混成チーム「タイフーン」の主将として活動をスタートさせている。家族のようなチームを出る決断の背中を押してくれたのも、やはり夫・河野恭介氏の一言だった。(全3本の3本目)
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――ロコ・ソラーレを離れるというのはいつ頃から考えていたんですか?
吉田知那美(以下、吉田) 2024年に父が亡くなったときの経験は大きかったと思います。父の病気がわかったとき、私は遠征先のカナダにいました。でも大事なシーズンの真っ最中で、すぐに帰ることもそばにいてあげることもできなかった。競技を続ければ続けるほど、遠征が長くなればなるほど、こうやって「大切な瞬間に一緒にいられない」リスクは高まっていく。それが自分にとって、どれほど辛いことか、というのを痛感しました。
「外国にいたせいで大切な人を看取ることができない」覚悟の重たさ
――結婚して家族も増えました。
吉田 私もともと電話が鳴るのがすごい苦手で、その理由は久しぶりの人から電話がかかってくると「何かあったのかな」と怖くなっちゃうんです。夫がまめにビデオ通話でオーストリアの景色を見せてくれたりして今は治ったんですけど、性格的に心配性なのは変わってません。だから私には、「外国にいたせいで大切な人を看取ることができない」という経験を覚悟する心の体力が残っていなかったんです。それが一番正直な気持ちかもしれません。
――チームや家族にはすんなり伝えられましたか?
吉田 心の中ではもう決めていても、いざそれを言葉にして周りに伝えるのはやはり怖かったですね。ずっとロコ・ソラーレとして、同い年のさっちゃん(藤澤五月)、夕湖(鈴木夕湖)、それに妹の夕梨花とずっと一緒に歩いてきた感覚があったので。

