選手たちはどう思っていたのか

 ソン・フンミンは15歳にして留学生としてドイツに渡り、その後、ごくわずかな期間だけ戻ったことを除けばキャリアのすべてをヨーロッパで過していた。当時は31歳だった。そしてイ・ガンインは10歳からスペインに移住し、その後、フランスでプレー。当時は22歳だった。当然、2人もまた「欧州化」していると考えられる。

 当事者同士は「後輩が先輩に歯向かった」という点は大きくは気にかけていなかったのではないか。筆者はソン・フンミンと幾度かミックスゾーンで言葉を交わしたことがあるが、まずはチームの団結を非常に大切にする発言が多い。

 一度筆者から、「韓国代表内での海外組と国内組にギャップは……」という質問を向けたら、話の途中で、「そういうものは存在しません。海外組とか国内組とか、同じ大韓民国代表のメンバー」とぶ然とした口調で返されたことがある。

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肩を組んで「和解」した

 彼があの夜、怒りを感じたのは年齢はあまり関係なかったのではないか。「チームの団結を乱す行為」があったからだ。そして問題は、それが口頭の言い合いではなく、小競り合いに転じたことにある。現に、2人の和解の写真は肩を組みお互い笑顔を見せるというもので、後輩が頭を下げるといったものではなかった。

「和解の証拠」としてソン・フンミン(左)がアップしたイ・ガンイン(右)とのツーショット写真。(ソン・フンミンのインスタグラムより)

 当時の監督クリンスマンもまた欧州の感覚で、「これくらいのことはあるよ」「感情をぶつけたらいいじゃないか」と考えていたのではないか。筆者はこの出来事を、欧州化したプレーヤーと韓国メディアとの間に、考え方のギャップが現れた事象だったと見ている。


 

吉崎エイジーニョ
1974年、北九州市生まれ。大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部)朝鮮語科卒。『Number』『週刊サッカーマガ
ジン』で連載を始め、1997 年に韓国、2005 年にドイツで暮らした。日韓欧の比較で見える「日本とは何か?」を描
く。著書に『メッシと滅私』(集英社新書)、翻訳書に『パク・チソン自伝 名もなき挑戦: 世界最高峰にたどり着けた理由』(小学館集英社プロダクション)、『ホン・ミョンボ』(実業之日本社)などのほか、教育関連書、北朝鮮関連翻訳本などを手掛ける。2026年6月に『なぜ日本サッカーは強くなったのか ‟神とサッカー"から紐解く日本代表の欧州化』(徳間書店)を上梓。

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