タクシー会社や長距離運送の職に就き…

 その後、益田は佐賀市内の運送会社などを転々とし、タクシー運転手の職を得たのは2010年ごろ。そのタクシー会社の社長は「週刊文春」の取材に、「トラブルは把握していません。13年7月に一身上の都合により退職しています」と説明する。

 一方で、こんな話も聞こえてくる。

「テレビ局記者の取材回りの仕事を『全部僕に下さい』と言って、記者にいくらか代金をキックバックしたり、個人で直接仕事を受けて金銭を得たりしていた。それがバレて、タクシー会社を出て行ったと聞きました」(益田の知人)

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 この時既に益田には妻子がおり、退社後は長距離運送の職に就いたという。冒頭の益田の元同僚が続ける。

「そこも2年で辞めています。ウチも運送業で彼は15年から働いていた。私が出会ったときには離婚していたが、元妻の実家が営む農業を手伝いながら仕事も真面目にしていました。しかし、22年に突然姿を消したんです」

「(強盗)一緒にやる?」と声をかけられた

 その1年後、益田から「仕事の誘い」があったという。

「電話で、土地や保険の営業を一緒にやらないかと。まだ佐賀にいるのかと問うと『今は東京だけど、仕事をするのは海外』と言われたが、怪しいので断った。昨年にも同じような連絡が来ました」(同前)

 佐賀を離れた益田がたどり着いた先は東南アジア。その地で今回の事件の「指示役」である竹前海斗と出会ったとみられる。竹前の知人が語る。

「海斗は3年前から急に羽振りが良くなった。東南アジア方面に何度も訪れていて、海外で知り合ったカズさんという人に友人名義のマンションを貸していたと話していた。このカズさんが益田だったんでしょうね」

成田空港の防犯カメラに写る益田

 さらに、益田は実行役の中心を担った高校生とも面識があったようだ。高校生の友人が明かす。

「昨年末、『(強盗)一緒にやる?』と声をかけられた。断ると『じゃあ、他に誰かいる?』と。カズさん、海斗さんという怖い先輩がいると半分脅されて。うんざりして離れていくやつも多かったですよ」

 匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)の主導役に堕ちた益田。警察が事件の全容解明を進めている。

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