「謎」が次々と浮上
この膠着状態が、人々の好奇心に火をつけていった。日に日に報道陣の数は増えていき、当初は在阪メディアの記者ばかりだった現場は、いつの間にか東京から来た顔見知りの記者たちが闊歩するようになっていく。そして、その間に各メディアは大量の記事を出稿。それが新たな燃料となっていった。
東京から来た写真週刊誌の記者は、溜め息交じりにこう言っていた。
「この事件はとにかく“数字”を持っていて、編集部から『なんでもいいから記事を出してくれ』って言われているんです」
実際、地域住民の話だけで構成された中味の薄い記事ですら、「Yahoo!」にアップされると即座に無数のコメントがつく。地元紙の京都新聞は、通常は記事にすることのない、捜査幹部との一問一答まで自社サイトで有料配信。思わず私も購入してしまった。
私が「週刊文春」で書いた記事も燃料として消費されていた。
〈京都・小6男児行方不明「リュックの謎」と「台湾新婚旅行」〉
そう題した記事がネット上に配信されたのは4月8日の正午。父親が結希くんと血の繋がりがないこと、新婚旅行に出かける予定があったこと等に触れ、記事の終盤に事件の核心とも言える証言を記載した。
「家でゴタゴタがあって休みます」
結希くんが行方不明になった日の朝、父親が職場にこう言って突然休んだという事実を、2ページで淡々と伝えたのだ。
この短い記事は爆発的に売れた。
「すごい勢いで電子版のCV(有料購読者数)が伸びており、紙の雑誌も普段より2万部近く増えている。次号は更にページ数を割いて、大特集を組みたいと思っています」
編集長からそう伝えられ、嬉しくないわけがない。だが、その分プレッシャーも大きくのしかかった。
現場では「何でもいいからとにかく記事を出せ」という空気が充満し、在阪テレビ局が誤報を打つなど混乱が始まっていた。
そして、この「時間」が次々に「謎」を浮上させていく。
※本記事の全文(8000字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」と「文藝春秋」2026年7月号に掲載されています(村岡正浩「京都男児殺害事件 現場記者が書けなかったこと」)。
全文では、以下の内容が語られています。
・SNSに流れた無数のデマ
・情報番組やワイドショーの変遷
・結希くんの母の肉声

