娘をリングに入れ…「今考えれば時代の先駆者」
縞の合羽に三度笠という「股旅スタイル」で一躍人気者になったガッツ。言動には粗野なイメージがつきまとうが、
「ガッツは貧しい家庭に育った背景もあり、『喧嘩ボクシング』のイメージがありますが、決して彼のボクシングスタイルはそうではありません。基本に忠実な『ボクサーファイター型』でジャブやフットワークを駆使する器用な選手でした。世界王者となるまでに11回負けていますが、それでもへこたれない“ガッツ”、つまりタフさも彼の最大の武器でしょう」(同前)
70年、73年に世界挑戦を果たすが2度とも敗戦。3度目の正直となった74年4月11日に東京・日大講堂でメキシコ生まれのロドルフォ・ゴンザレスに挑んだ。現地で観戦していた前田氏が語る。
「7回までは互角の展開でした。当時のボクシング界ではレフェリーが現王者に有利な判定をすることが多かったのですが、この日も同じ。倒れている王者をレフェリーが『スリップした』として抱き起す場面もありました。その逆境を跳ね返し、8回に後に『幻の右』といわれたガッツの右ストレートがさく裂。ゴンザレスがマットにダウンした姿が印象的でした」
新王者誕生で歓喜に沸く試合会場。ガッツはリング上に愛娘・佑季(後にタレント)を招き入れ、その場で抱き上げた。
「それまで日本のプロボクシングでは競技と家族は切り離すという考え方が主流で、家族をリングに招き入れるなんてことはなかった。ガッツは娘をリングに入れた初めての選手でしょう。今考えれば時代の先駆者でもありました」(同前)
この続きでは、俳優、経営者、政治家として活動を広げたガッツ氏についての関係者の証言、晩年のガッツ氏、お別れの会などについて詳しく報じている。記事の全文は現在配信中の「週刊文春 電子版」で読むことができる。
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