森保には出会いの運があった。それは恋愛でも…

 ただ、森保には出会いの運があった。下田の売り込みでマツダSC(現サンフレッチェ広島)の総監督・今西和男に認められて入団。同期の中で最も実績がなく、一軍の試合に2年間出られなかったが、のちに日本代表監督になるハンス・オフトに理論を叩き込まれ、MFとしてレギュラーを掴む。

 恋愛面でも強運を発揮する。長崎日大のアイドル的存在だった同級生と在学中から交際し、実業団4年目に結婚。高1の担任の堤博信は、「彼女は『博多人形みたい』と言われて有名でした」と振り返る。

 社会人になっても、入団初日にパンチパーマで現れ、頻繁にパチンコに通うなど、サッカーに打ち込み切れていなかった森保。だが結婚を機に生活は一変。オフトのもとで日本代表にも選ばれ、1993年には「ドーハの悲劇」も経験した。美人妻との間には3人の子宝に恵まれた。ちなみに3兄弟はサッカー系ユーチューバーとして活躍している。

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日本代表監督に就任し歴代最多の72勝

 真の“逆転人生”は引退後に始まる。2012年にサンフレッチェ広島の監督に就くと、前任者のミハイロ・ペトロビッチが築いた攻撃サッカーに森保流の粘り強い守備を植えつけた。それまで一度も優勝したことが無かったチームで、4年間で3度リーグ優勝を果たした。18年W杯は西野朗監督のもとでアシスタントコーチを務め、大会後に日本代表監督に就任。歴代最多の72勝を挙げている。

サンフレッチェで3度優勝 ©時事通信社

「仏」と「鬼」の顔の使い分け

 なぜ森保は下剋上を起こし続けられるのか? 取材で見えてきたのは、「仏」と「鬼」の顔の使い分けだ。

 森保ほど選手への礼をつくす監督は見たことがない。選手が代表活動を終えてヨーロッパに戻る際、森保はホテルのロビーで見送る。選手が朝4時に出発する時も必ず顔を出し「参加してくれてありがとう」と労う。

 代表候補となる選手はヨーロッパだけで80人以上いるが、できる限り多くの選手のプレーをチェック。週明けは朝から晩まで試合を見続けるのが日課だ。定期的な欧州視察も欠かさない。そして代表合流時、選手たちに「何分のプレーは凄く良かった」などと伝える。選手はそういった会話から「監督に見てもらえている」と感じるのだという。

「みんなはチームのために頑張る」ことを行動規範に掲げているが、自らも実践する。練習では率先してボール拾いを行い、試合間隔が詰まっていれば徹夜で分析する。森保は言う。「現代では使ってはいけない言葉かもしれないですけど、私自身は睡眠を取らずとも、24時間戦うっていう気持ちでいます」。その背中を見たら誰もサボれない。