――意外なエピソードです。
久邇 当時は西落合の家から、四ツ谷にある初等科までバスで通っていたんです。ある日、帰りのバスでボーッとしていたら、「あら、久邇さんじゃない。この人、宮様なんだぞ」と大勢の乗客の前で話しかけてきた人がいたんです。それが(旧宮家の)賀陽(かや)さんでした。どこかの行事でご一緒したのだと思いますが、当時は誰か分からなくて。学生帽をきちっと被った半ズボンの男の子だった私は、まだ初等科の低学年。当時宮様なんて知らないからびっくりして、バスの中で顔が真っ赤になってしまいましたね。
香淳皇后との思い出
――学習院での学生時代のほかに、皇室とのつながりを感じることはありましたか。
久邇 香淳皇后(昭和天皇の皇后良子〔ながこ〕)が、私の父の妹なんです。幼い頃は、甥っ子としてよく可愛がっていただき、お部屋に呼んでくださったこともありました。
忘れられないのが、初等科を卒業した時、中学入学のお祝いとして、「Uコン」をプレゼントしてくださったことです。コントロール・ラインと言って、1960年代に大ブームを巻き起こした模型飛行機のことで、U字型をしているコントローラーで2本のワイヤーを操作します。私が飛行機を好きなことを覚えていてくださったんですね。たしか肩幅くらいの大きさで、アルミでできている零戦でした。エンジンをかけるとブーンと大きな音を立てる。ちょうど家族が横で食事をしている時、「ついにエンジンがかかった!」と大喜びしていたら、みんなから「うるさいよ」と怒られました(笑)。
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約4500字の全文は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されている(久邇朝宏「養子案、旧宮家の本音を明かしましょう」)。全文では、以下の内容についても触れられています。
・菊栄親睦会と錦江会
・「気位がもう平民ですから」
・“久邇”という名前
