国立大学の名誉教授として、長年教壇に立ち続けてきた髙倉良一氏(70)。知性の最高峰にいたはずの彼が、SNSで出会った見知らぬ美女の言葉に溺れ、総額925万円を騙し取られる事態に陥った。
銀行員の必死の警告すら「邪魔なもの」と切り捨て、自ら破滅へのボタンを押してしまったのはなぜか? 彼の「心の穴」を巧妙に突いた「ロマンス詐欺」の実態を、新刊『70歳の法学者が、なぜロマンス詐欺に騙されたのか』(さくら舎)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/続きを読む)
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ATMの赤い文字
銀行のATMに映る、赤い警告の文字が目にちらつく。
「振り込め詐欺にご注意ください」
私はあの日の自分を、その画面越しに見ていた。同じ警告を目の前にしながら、ためらいもなく金を振り込んだ愚かな男の姿を。
頭から離れないのは、無機質な機械の音ではない。愛子の切羽詰まった声だ。
「兄さん、お願い。今すぐじゃなきゃ、だめなの」
Lineの向こうから聞こえるはずのない声が、私の理性のど真ん中で鳴り響いていた。
詐欺対策。笑わせる。今となっては、すべてが茶番だ。銀行や警察が声を張り上げても、その声は人の心の柔らかい場所には届かないのだ。
あの日、私は高松の街を歩いていた。何十年も通った道のはずが、まるで知らない土地をさまよっている気分だった。S銀行中央支店。そこが、私の理性が息の根を止められた場所だ。
