15枚目のシングルとして、歌手の森高千里が自ら作詞してヒットさせた「渡良瀬橋」(1993年)をカバーしたのはそんな時期、2004年10月のことだ。このときのことを松浦はこう振り返る。
《森高さんはこんな繊細な言葉を自分でつむぎながら毎日を過ごしてるんだな、カッコいいなと思ったんです。自分がふだん聴く曲を考えてみても、やっぱり言葉が胸に直接伝わってくるものが多いんですね。(中略)だから私も、もっと自分をしっかり持って、説得力のある歌を歌えるようになりたいとずっと思ってたんです》(『CDジャーナル』前掲号)
「渡良瀬橋」のレコーディングは2回目でいったん終えたものの、どこか不自然なところがあると感じ、松浦から録り直したいと申し出る。スタッフからはコンサートのあった日、録り直すならスケジュール上もうきょうしか時間が取れないと言われ、終演後に3回目のレコーディングを行ない、ようやく自分でOKが出せたのだった。ちょうど大きな壁を乗り越えようとしていた頃で、つらい経験をしながら最後には決意して明日へと歩んでいこうという歌詞に、そのときの自分の気持ちに通じるものを感じ、素直に歌うことができたという。
ほぼ一発録りでレコーディング
このあと、2006年2月リリースの「砂を噛むように…NAMIDA」では初めてプロデュースをつんく♂ではなく、彼と同じシャ乱Qのメンバーであるたいせいが担当した。
同じく2006年11月にリリースした企画アルバム『Naked Songs』では、5作の新曲のほか、初期のヒット曲のセルフカバー、さらにノラ・ジョーンズの「Don't Know Why」のカバーを、生バンドをバックにほぼ一発録りでレコーディングしたという意欲作だった。プロデューサーを立てず、演奏メンバーとスタジオで話し合いながら録音していったという。タイトルからも「素直で、裸でいよう」という決意がうかがえる。
一方で、20歳になったこの年には、松浦と同じくソロでデビューしたものの当時モーニング娘。に所属した藤本美貴とユニット「GAM」を結成、個人でも映画『スケバン刑事 コードネーム=麻宮サキ』に主演したり、テレビでゴルフ番組を持ったりと多岐にわたる活動を展開している。
