『鶏まみれ』(繁延あづさ 著)

『鶏まみれ』は著者の繁延あづささんが夫と始めた採卵養鶏の記録だが、印象深いのは、繁延さんがアルバイトで通った食鳥処理場での様子である。

 早朝より動き出す食鳥処理場は何百羽という鶏がラインに乗せられ、屠鳥、内臓部分の中抜きとモツの腑分けなどが行われ、そして精肉、梱包と進む。腑分けまでの工程で求められるのは繁延さんが“リアル・テトリス”と書く、一時停止もキャンセルもできない一羽=秒単位の作業だ。全身を覆う作業着を夥しく汚しながら働くのは高齢者や障害者、外国人技能実習生。皆が生き物を「食べ物」へ変えてくれている。しかも、最低賃金で――。

 繁延さんが何かを告発するためにこれを書いたわけでないことは至るところに滲んでいる。取材での語りも、穏やかである。

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「本来の仕事は写真家なので、日々のことを写真と同じように書き留めていました。でもそれは“主婦の日記”のようなもので、執筆のためではなかったんです。それが、折々で感じた疑問や目に映ったことを残しているうちに、それらが大きな塊の断片のような気がしてきて、一冊であらわしてみたいと思いました」

 食鳥処理場で働くきっかけは、失業していた夫が養鶏し卵を売ることを考えたから。産卵量が落ちた鶏は肉として売る。ただ、そのためには食鳥処理衛生管理者資格が必要となる。取得要件は食鳥処理業務に3年以上従事することだった。

「何でもない私が面接してすぐ採用された場所は、秘境でも一般の人が立ち入れない場所でもないのに、まったく知らない世界でした。何かを知ったら、知らなかった自分にはもう戻れないし、知らなかった感覚は思い出せなくなる。そういう変わっていくさまを書き残したかったのだと思います」

 そうしてまとめられた本書は、養鶏の記録に止まらず、2020年から24年の移ろいが綴られている。

 繁延さんにとってのそれは、15年前に東京から移り住んだ長崎での家族との暮らし、あるいは、故郷姫路に古くから続く祭りの猛々しさを感じ、皮革職人や野菜、草花を生業として育てる人、出会った人たちとのことを書き留め、噛みしめた時間でもあった。

繁延あづささん

 夫と交わすことば。中3と中1の息子、小1の娘の、背丈と同じように長じることば。繁延さんはそうして誰かのことばに触れたとき、記憶の根や書物を手繰り深く深く考え、手にしたひらめきを言葉にかえていく。

 猟師の家に飾られた猪の皮を見た繁延さんは、山では朽ちて土になるものがなぜそうならないのか、皮革職人の鞣(なめ)しの作業場を訪ねた日を振り返り、こう綴る。

《作業場にはさまざまな段階の“かわ”があった。毛のついたままの原皮から真っ白な革が出来上がるまでを順に、“皮”が“革”になっていく妙を見せてもらった。最後は美しい白い革に。“革(あらたま)る”と書いて“革”とは、感じたままの言葉が残っている気がした》

「私たちは先人が作ったことばを借りるようにして使っているけれど、その意味がふと暮らしの中で体感として分かる瞬間がありますよね。それは書きながら自分が分かっていなかったことに近づける得難い体験であり、喜びでもありました」

 4年間の記録は写真にも残されている。当然、食鳥処理場にもカメラを向けた。

「一般の人からすればドキッとする場面が写っているかもしれません。でも、どれも毎日行われているいつもの光景で、私たちが生きることを支えてくれる“すごい仕事”だと思うのです」

しげのぶあづさ/写真家。桑沢デザイン研究所卒。雑誌や広告などの撮影で活動。ライフワークに出産撮影がある。著書に『ニワトリと卵と、息子の思春期』、『山と獣と肉と皮』など。雑誌「助産雑誌」の表紙と巻頭を担当中。

鶏まみれ

繁延 あづさ

亜紀書房

2026年4月3日 発売