『ユースフル・ゴースト』

 次はタイ映画だ。

 若くして死んだ妻の霊が掃除機に乗りうつり、夫の前に現れるというファンタジー映画だ。途中までは。

『ユースフル・ゴースト』

 夫には生前の妻の姿に見えており、掃除機とキスもすればセックスもする。吸引機能を使って夫の乳首も愛撫する。パニックにならず、冷静に受け止めながら通院をうながそうとする周囲の様子も含めて、前半はシュールなコメディというタッチで進んでいく。正直を言えば、そういうノリがあまり好きではないので、もし配信などで家で観ていたら、この段階で観るのを止めていたと思う。試写会場にいたから、最後まで観ることができた。

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 本作が厄介なのは、予告編や各サイトで紹介されているストーリーが、この前半までなのだ。そのため、「そういう映画なら観ないでいいかな」という方もいるかもしれない。おそらく筆者がその立場なら、そう考えたろう。

 が、それはもったいない。実は後半で一気にテンションが変わるのだ。映画のジャンルすら違うものになる。なぜ掃除機なのか。夫の背景には何があるのか。『羅生門』的なストーリーテラーに思えたある二人の登場人物の裏側の物語——。そうしたさまざまな事情が明かされ、また妻の立場も大きく変化していく様を通して、現代のタイ社会のグロテスクさが浮き彫りになっていく。そして、激しい怒りが突きつけられる。その怒りは最終的には物語のバランスを壊すレベルまでに爆発し、驚愕のラストが待ち受ける。

 たとえるなら、ウェス・アンダーソン作品みたいだ——と思って観ていたら、いつの間にかオリバー・ストーン作品になっていたという感じだ。前半で挫折せずに最後まで観てよかった。心からそう思えた作品だった。

『ユースフル・ゴースト』
監督・脚本:ラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク/出演:ダビカ・ホーン、ウィットサルート・ヒンマラート/2025年/タイ、フランス、シンガポール、ドイツ/130分/配給:SUNDAE/ © 2025 185 FILMS, HAUT LES MAINS, MOMO FILM CO./7月10日(金)全国ロードショー