1952年(昭和27年)5月10日、東京・足立区の荒川放水路に首と両手足のない男性の胴体が浮かんでいた。

写真はイメージ ©getty

 戦後初のバラバラ殺人として世間を震撼させたこの凄惨な事件の被害者は、数日前から行方不明になっていた現職の巡査(当時28歳)だった。

 そして犯人として逮捕されたのは、彼と内縁関係にあった小学校教師の女(当時26歳)。かつて「危ない所には行かないで。巡査を辞めてください」と手紙に綴るほど彼を深く愛した女性教師が、なぜ最愛の恋人をバラバラにするに至ったのか。

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「売れば金になる」——我慢の糸が切れた夜

 女は1927年、大阪の裕福な綿問屋の長女として生まれた。高等女学校を優秀な成績で卒業したが、戦況の悪化に伴う空襲で家と財産を失い、山形県へ疎開。

 そこで教員養成所に通っていた1946年春、のちに被害者となる男と出会った。二人は深く愛し合い、やがて上京して念願の同棲生活を始める。しかし、真面目な警察官との幸せな家庭を夢見ていた女の理想は、まもなく音を立てて崩壊していった。

 勤務を終えた男は酒に走り、酔えば激しい暴力を振るう男へと変貌した。給料の半分しか家に入れず、外泊や女遊びを繰り返し、借金は現在の価値で約280万円に相当する7万円にまで膨れ上がった。耐えかねた女が別れ話を切り出すと、男は職務用の拳銃を持ち出し、「殺してやる」と彼女を脅す始末だった。

 我慢の糸が切れたのは、事件直前の深夜だった。泥酔して帰宅した男が、寝入る直前に「捨てるのは惜しい。売れば金になる」と呟いたのだ。

 女はこれを、自分が売春婦として売り飛ばされるという意味だと直感し、恐怖と絶望が限界を超えた。日付が変わった午前1時頃、彼女は警察の機関誌で読んだ事件をヒントに、眠る男の首に麻紐を巻きつけ、渾身の力で締め上げた。男は微かにうめいただけで、すぐに動かなくなった。

 彼女が逡巡の末に選んだのは、自首ではなく遺体の隠蔽だった。翌日、女は何事もなかったかのように教壇に立って子供たちに勉強を教え、帰宅後に遺体を切断して荒川へ投棄した。

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 犯人は「彼女だけ」ではなかった…遺体をバラバラにした「共犯者」とは。本編は【以下のリンク】からお読みいただけます。

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