荒川放水路で発見された、首と手足のない男性のバラバラ遺体。被害者は28歳の現職巡査だった。戦後初の凄惨な猟奇事件として世間を震撼させたが、逮捕されたのは「巡査を辞めて」と手紙で懇願するほど彼を愛していたある女性。深く愛し合ったはずの2人の間に一体何があったのか。1952年に起きた事件の発端を、鉄人社の文庫新刊『戦後まもない日本で起きた30の怖い事件』よりお届けする。(全2回の1回目/続きを読む

写真はイメージ ©getty

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見つかったのは「警察官のバラバラ遺体」

 1952年(昭和27年)5月10日午前10時ごろ、東京都足立区本木町の荒川放水路(通称・日の丸プール)の入り江から、新聞紙などに包まれた、首と両手足のない男性の胴体が見つかった。第一発見者は入り江周辺で花摘みをしていた少女3人で、「お化けだ!」と絶叫。事情を聞いた大人たちが西新井署に通報し、警視庁捜査一課の刑事、鑑識職員が現場に急行する。

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 現場検証の結果、首は鋭利な刃物で切り取られ、左足はノコギリ様のものを使って骨まで切断。右足と両腕は肉を刃物で切ったうえ、付け根の関節部から抜き取られていることがわかった。推定身長は164~167センチ。細い麻ひもで3ヶ所縛られていた遺体にホクロや傷痕などの特徴はなかったものの、首の付け根に絞められたような跡があったことから、警察は絞殺後バラバラにされたものと断定。西新井署に特別捜査本部を設け、捜査を開始する。

 事件発覚から5日後の同月15日に同じ放水路で頭部を、翌16日に両腕を発見。新聞が戦後初のバラバラ殺人として連日のように事件の行方を大きく報じるなか、見つかった頭部より作成されたモンタージュ写真から被害者と思しき警察官の男性が捜査線に浮上。ほどなく、指紋照合により遺体の身元は胴体発見の数日前から行方不明になっていた志村署勤務の伊藤忠夫巡査(当時28歳)と特定される。