自信がないので、疑って、直して、粘る
――ご自身の集合的無意識はどうやって得ていますか?
川村 まず「感じる」こと。その上で「確かめる」というプロセスがあります。宮崎さんが『千と千尋の神隠し』で描いた“カオナシ”を、『仕事。』にも登場してくれたスタジオジブリのプロデューサーである鈴木敏夫さんに見せて「これは現代の象徴です」と言わせたように、小説を書くときも「川村さんが本当に描きたいのは(集合的無意識とつながっているのは)、本当にそこなんですかね?」と疑問を投げかけてくれる編集者のような存在を持つことはすごく大事。そして、そこからとにかく絞り込んでいく。ダイヤモンドでいえば、何度もカットを入れてカラット数を増やしていくことが「作る」行為だと思いますね。
例えば10月に佐藤健さんと高橋一生さんの共演で映画化される、2作目の小説『億男』で「お金」をテーマに選んだのは、お金持ちになれば幸せというロジックはとっくに破綻していて、一方で国の信用に基づいていたお金から全く切り離されたビットコインみたいな得体の知れないお金まで出てきて、「お金と幸せの答えを知りたいんですけど」という集合的無意識を感じたからです。3作目の『四月になれば彼女は』は、既婚者も未婚者も東京の同世代が総じて恋愛感情を失っているという実感が、果たしてみんなの感覚ともつながっているのかを問いかけた小説です。
――世の中にはそこまでカットを入れないうちに売られているダイヤモンドも少なくないのでは?
川村 荒削りなもののよさもあると思います。一方で簡単にオッケーを出してしまっている作品も散見されます。僕は自信がないので、本当にそれで正解なのか、怖くて決められないのでひたすら人よりも時間をかけて考えて、疑って、直して、とにかく粘るだけです。
次は「情熱こそ尊い」時代に向かっていく予感
――最後に今の悩みだったり、『続・仕事。』的な企画があったら学びたいことは?
川村 文庫『仕事。』の最後に新たに追加した「あとがきのあとがき」でも書いていますが、『仕事。』で巨匠にアタックしていた頃のもっと学びたいという気持ちが、また減退しているっていう(笑)。なんとしても壁を乗り越えたいと思った当時ほど、今の自分が仕事に情熱を持てているか、それをどこに燃やすかが課題ですかね。
今はみんな平熱風ですが、心の奥底では「エモい」ものを探しているというか、世界がAIなどの導入で大きく効率的になろうとしているからこそ、非効率だけど気持ちで乗り切るとか、一見損に見えることをやるとか、「情熱こそ尊い」という時代になんとなく向かっていくような気がしています。集合的無意識を生業とする身としては、そういう次の気分の発起人でいたいですし、後乗りがいちばん格好悪い。12人の巨匠たちも常に先駆けてきたからこそ、いまだに現役で仕事ができているんだと思います。
川村元気/映画プロデューサー、小説家。1979年横浜生まれ。上智大学文学部新聞学科卒。『電車男』『告白』『悪人』『モテキ』『おおかみこどもの雨と雪』『君の名は。』などの映画を製作。初小説『世界から猫が消えたなら』は140万部突破のベストセラーとなり、海外各国でも出版。他の小説に『億男』『四月になれば彼女は』、対話集に『仕事。』『理系に学ぶ。』、『超企画会議』など。2018年は佐藤雅彦らと製作した初監督作『どちらを選んだのかはわからないが、どちらかを選んだことははっきりしている』がカンヌ国際映画祭短編コンペティション部門に選出されたほか、公開待機作として自身の原作が佐藤健、高橋一生出演により映画化された『億男』(10月19日公開)、中島哲也監督と『告白』以来8年ぶりのタッグとなる『来る』(12月7日公開)など。
インタビュー&構成/岡田有加
写真/杉山ヒデキ(文藝春秋)