“弱い痒み”は、帰国するまで持続する
Kさんが出張で泊まるホテルにも、あるいは現地法人の事務所にもシャワートイレはない。彼は仕方なく、なるべくホテルで排便し、紙で拭けるだけ拭いた後シャワールームに移り、ボディーシャンプーで肛門周囲を手洗いし、シャワーで流す――という工程を踏む。
紙で拭くだけの時よりはマシだが、それでも違和感はあるという。シャワートイレの時には感じない“弱い痒み”は、帰国するまで持続する――とも。
これに対して山口医師はこう指摘する。
「多分に精神的な要因が関係しているんです。軟便でもなければ、紙で拭きとるだけで汚れは落とせるのに、“洗わないと汚い”という思い込みの強さが、痒みにつながっていく。元々神経質なタイプの人が“お尻を洗えない環境”に身を置くことでストレスを感じ、お尻の周囲も神経が過敏になってしまうのです」
山口医師によると、こうしたストレスはお尻の痒みだけでなく、下痢や便秘といった消化器症状や、“排便しなくて済むように”という思いから食欲不振に陥るケースまであるという。
海外に出かけることが決まったら、出発の少し前からシャワートイレの使用を控えて、「紙だけの生活」にお尻と自分を慣れさせておいたほうがいいのかもしれない。
“お尻を温められないこと”のほうが問題は大きい
一方で、シャワートイレが不可欠な人もいる。「痔主」の皆さんだ。
こちらは精神的な問題ではなく、排便後に洗浄できないと困ることになる。
しかし、実際には“洗浄できないこと”が問題なのではなく、“お尻を温められないこと”のほうが問題は大きい――と山口医師は指摘する。
「痔、特に内痔核(いぼ痔)が排便時に脱出する人は、温水で患部を温めることでうっ血を防ぎ、症状を安定させることができます。普段シャワートイレで温水洗浄している人が、トイレットペーパーだけで拭き取ろうとすると、症状の悪化を招く危険性が高まります」
こちらも当然、排便のたびにストレスを抱えるようになる。ストレスが便秘を呼ぶのは前出のKさんと同じだが、痔主の人はその先に恐怖が待っている。
「便秘の人が排便する時には便が硬くなるので、痔の人は余計いきんでしまい、排便痛を招きやすくなるのです。最悪の場合は出血することもあります」
山口医師によると、内痔核の人がシャワートイレのない地域に旅行する際に取るべき対策としては、つねにお尻や腰を温めること、に尽きるという。
「日中は腰やお尻をカイロで温めて、もしホテルにバスタブがあるなら1日に1回はお湯に浸かって腰とお尻を温める。それだけでも肛門のダメージは小さくなります」
シャワートイレの有無が、えらく深刻な問題に発展してしまった。
肛門は、あなどれない……。
生活を豊かにする文明の利器も、依存しすぎると人間を弱くすることがある――。今回はそんなお話でした。