拙著『つけびの村』は、山口県で起きた放火殺人事件を取材したノンフィクションだった。テーマは噂だ。ひとつの集落に噂がどのような影響を及ぼしたのかを描いている。
〈うわさ話は我々にとって甘美な娯楽だ。眉をひそめながら小声で話していても、その心は躍り、どこか興奮している。〉
私はそこにそう記した。
この『ファイア・ドーム』を読みながら、幾度もその一節を思い出さずにいられなかった。フィールドは異なれど、テーマを同じくする書き手として、これほど共感できる小説はない。
物語の舞台は、ある地方都市。25年前に起きた「百貨店受付嬢誘拐殺人事件」の記憶がまだ燻るその町で、小学生の男児が姿を消す。担任教師の対応をめぐる些細な行き違いが噂を呼び、町にもネットにも「悪人探し」の炎が瞬く間に燃え広がっていく。誰が悪いのか、何が真実なのか。さらに、行方不明になった男児が25年前の事件の被害者の甥だったことで、事件の当事者や関係者たちは、噂を信じる者たちの好奇や批判の目に晒され、じりじりと焼かれていく。
何より秀逸なのはタイトルそのものだ。ドーム内に息づいていた小さな集落が事件という一振りによって激しく揺さぶられ、「噂」の火の粉が噴き上がる。逃げ場のない空間の中で、人々は炎に蝕まれていく。読み始めた序盤ではその比喩の意味がまだ見えてこない。だが物語の核心に近づくにつれ、この題名以外にありえないと得心させられる。
フィクションだからこそ踏み込める領域があることも、本書は教えてくれる。ノンフィクションを書く者として、実際に噂に苦しめられた人々を取材する際、私は当事者の心の内側までを勝手に推測してしまうことに、常に躊躇いを覚えてきた。踏み越えてはならないラインを、常に意識せざるを得ない。だが小説であれば、その向こう側にまで筆を及ぼすことができる。
本書は、噂に追い詰められていく人物の内面、そして噂を楽しむ人物の無邪気さと醜悪さを、容赦なく、しかし丁寧に描き切る。噂に焼かれた被害者の心情が描かれているからこそ忘れてはならないのは、現実を生きる我々が、実際に自覚なく噂を楽しむ生き物でもあるという事実であろう。本書は誰しもが、いつでも噂の加害者にも被害者にもなり得るのだという恐怖を味わわせてくれる。他人事ではない。
センセーショナルな事件が娯楽として消費される速度は、この数年でさらに加速した。SNSが日常の一部となった今だからこそ、なおのこと本書は切実に響く。誰もが発信者になり得る時代に、自分もまたこの物語の登場人物たちと地続きにいるのだと思わされる。目を開けていられないほど、息ができないほどに舞い上がる「噂」という火の粉のなかで生きる私たちに、本書はまっすぐな問いを突きつけてくる。
つじむらみづき/2004年『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞しデビュー。11年『ツナグ』で吉川英治文学新人賞、12年『鍵のない夢を見る』で直木賞を受賞。『かがみの孤城』で2018年本屋大賞第1位。他の著書に『琥珀の夏』『この夏の星を見る』等。
たかはしゆき/1974年生まれ、福岡県出身。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆する傍聴ライター。著書に『つけびの村』など。
