※こちらは公募企画「文春野球フレッシュオールスター2026」の本戦出場作品です。おもしろいと思ったら「文春オンライン」文末のHITボタンを押してください。
【出場者プロフィール】あらいずみ 広島東洋カープ
黒田博樹世代の今はニート。広島市出身の西武沿線民。外野手と左腕投手が好き。夢はマツダスタジアムを見おろすあのジムの会員になること。カープロードでビールを購入も、入場時には空カップな怪現象に悩んでいる。
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「マクドの匂いがする! え、しません?」
サインを書く左手を止めることなく、髙太一は言った。6月上旬、16時を過ぎたベルーナドームは西日が緩やかに入り、芝生と髙を優しく照らしている。交流戦の即席サイン会でのことだった。サインをもらっている少年も、ホームユニフォームの女性も、赤いキャップを握りしめた私も、フェンスの外側で揃って首を傾げた。ポテトさえ、誰も食べていない。みんな目の前の髙に夢中だ。
「あー、食べたくなったー」
髙はそう言うと、木漏れ日のような笑顔を浮かべた。ファンもつられてクスクスと笑い、周りの温度が1度あがった。なんて、なんて、素敵なんだ髙太一。推しがこの世にいることで、私の日々は虹色で鮮やかだ。
そんな甘い毎日が、かつて1球ではじけ飛んだ。
4月の甲子園、死球ではじけ飛んだ日常
4月の甲子園球場で、投手髙太一は炎上した。8回裏、内角を狙った直球が、阪神の絶対的な主力である近本光司の左腕に直撃した。診断は手首の骨折。復帰まで数カ月の大怪我だった。マウンドでは王者のように腕を振り、今年25歳になる髙が、失投した。
近本選手と阪神ファンの皆さん、すみません、すみません。本当に、ごめんなさい。髙は未熟なので球がすっぽ抜けました。一緒に謝るので許してください。
私の叫びが世間に届くことはない。髙のSNSは燃え盛っていた。よせばいいのに、指は気づくと勝手にスマホをスクロールしてしまう。厳しい言葉が終わることなく吐き出され、自分がぶつけた加害者のように落ち込んでいた。
2日後、ネットニュースに載った髙のコメントが目に刺さった。
「勝負に行った結果ですが、こういう形になってしまって申し訳ないです」
その瞬間、脳内に血の通わない低い声が響く。
――謝って、終わることじゃない。
プロの世界、勝負の結果だから仕方がない? そんな正論で片付けられてたまるか! 私の腹の底で、かつて味わった理不尽な記憶が、ドロドロと膿のように沸き上がってくる。ぶつけられた側の、消えない思いを私は知っている。前田智徳が引退を決断する引き金となったのは、あの死球だった。
