孤高の天才・前田智徳と、消えない「トゲ」
前田智徳は、背番号1を背負った「孤高の天才」だ。高校生だった私は、一振りに命を懸ける姿に本気で恋をしていた。お小遣いの続く限り旧広島市民球場に通い、出待ちで見つめた私服姿に胸を焦がした。ラジオ中継を聞きながら自己流スコアをつけ、深夜には発掘されたら死にたくなるポエムをねっとり綴っていた。大学受験には失敗したが、大人になっても前田智徳は唯一無二だった。
2013年4月23日、神宮球場。8回表、ヤクルトのルーキー江村将也が投げた内角球が、前田の左手首を直撃。前田は怒りを剥き出しにマウンドへ歩き出した。背の向こうで、キャップを脱いだ江村の唇が「すみません」と動く。前田は途中で足を止めたが、一気に大乱闘となった。
あの時、前田が江村をぶん殴れていれば、どれだけ楽だったろう。私は、そんなよくない想像にも囚われた。診断は左尺骨骨折。満身創痍だった前田への、最後のきっかけとなった。その秋、前田は引退した。
カープ戦でマウンドにあがるたびに、江村は激しいヤジを浴びた。私たちの前田を返せ! 神様を疑い、江村を、あの1球を恨んだ。今、髙太一が投げる姿に、私は江村を思い出している。
「ファン」という免罪符のなかで、突きつけられたもの
5月17日、近本への死球以来、髙は初めて甲子園のマウンドに立った。7回裏、髙の名がコールされた途端、スタンドは敵意だらけの声に染まった。ブーイングは当然だ。でも抑えろ、投げきってくれ。阪神ファン、ごめん。私の心はぐちゃぐちゃに絡まった。
髙は無表情だった。ふてぶてしいほど堂々と腕を振り、最後は見逃し三振。9球の完璧な火消しだった。「よぉーーし!」。バチンとほどけて、私は画面に叫んでいた。
江村将也を私はしつこく呪い続けてきた。前田智徳は、早々に「気にするな」と江村を気づかい、とっくに前を歩いていた。それを知っても、私は聞こえないふりをした。ファンであることを免罪符にして、前田のためにと、江村をなじり続けてきた。髙への罵詈雑言は、私がかつて江村に向けた言葉だった。
私も、化け物だ。
ベルーナドーム、赤いキャップに書かれたサイン
ベルーナドームのまばゆい光のなか、髙太一はサインをずっとしている。どの選手よりも長くフェンス沿いに残り、ちびっ子やおばあちゃんのペースに合わせて、一緒に笑っている。私も網の下から赤いキャップを差し込み、ペンを渡した。「頑張ってください」。うわずる声に、髙は向こうから目を合わせると、柔らかい笑顔で「ありがとうございます」と答えた。
戻ってきたキャップには、髙のサインがあった。嬉しくて、赤がぼやける。
江村だって、25歳だった。
◆ ◆ ◆
※「文春野球コラム フレッシュオールスター2026」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイト http://bunshun.jp/articles/90669 でHITボタンを押してください。
この記事を応援したい方は上のボールをクリック。詳細はこちらから。
