※こちらは公募企画「文春野球フレッシュオールスター2026」の本戦出場作品です。おもしろいと思ったら「文春オンライン」文末のHITボタンを押してください。
【出場者プロフィール】萩原 健丸 北海道日本ハムファイターズ
北海道日本ハムの周年と数え年が同じになる運命の「達孝太世代」であり、エスコン建設中に真横の北広島高校へ通っていたことで誰よりも早くそれに頭を焼かれてしまったことから「エスコンフィールド第一世代」を自称。文春野球コラムを読んで育った文系野球バカ。
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絶望のレフトスタンド
2026年3月14日(日本時間15日)、WBC準々決勝対ベネズエラ戦。マイアミ・ローンデポパークのレフトスタンドから、伊藤大海を見ていた。大海のユニフォームを着て、大海のタオルを掲げていた。マイアミまでの18時間のフライトは、ファンクラブ特典の「しゃけまるネックピロー」を首に装着し、ハム勢の活躍を想像していたらあっという間だった。
2023年、前回のWBC直後に燃え尽き症候群になったこともあり、例年のシーズンと同じペースを守って調整してきた。が、強化試合まで調子は上がらず。明らかに真っ直ぐの球速が出ていない。本来の大海じゃないのは誰の目からも明らかだった。
アクーニャJr.の先頭弾に大谷翔平がすぐやり返して始まったこの試合、球場は常に異常な空気。コンコースですれ違う限りベネズエラ人と日本人は半々くらいなのに、歓声は95%ベネズエラ。落ち着く瞬間を与えてもらえない。
6回表、1点リードの場面でマウンドに上がる。2023年の決勝以来、3年ぶりのローンデポパーク。簡単に2連打を浴びる。不安で不安でしょうがない。7番・W.アブレイユに投じたのは146キロの真っ直ぐ。マズい!と思う間もなく、弾丸ライナーがライトのアッパーデッキへ。
打たれた後はもう試合を見ていられなくて、呆然とコンコースをフラフラする。試合よりも、大海は大丈夫なのか、という気持ちの方が強くなる。
9回裏、大谷翔平がショートフライを打ち上げて試合終了。試合開始が21時だったから、ゲームセットの瞬間は現地時間0時を回っていた。外野で応援していた日本人はみんなしばらく動けなくて、呆然としている。球場を後にするまでに、大海のユニフォームを着たハムファンに2回遭遇した。そのどちらとも、もう目があった時点で何を言いたいのかわかるのだ。「胸張って、大海のこれ着て帰りましょう」と慰め合う。そう言うしかない。
マイアミには、大学の先輩と2人で渡航していた。貧乏旅行の我々に、スタジアムグルメを満喫する余裕はない。頼みの綱は日本から持ち込んだパックごはんとレトルト味噌汁。アメリカには肉類や肉エキスを含む食品を持ち込めないから、カップ麺はアウト。ふりかけだけだと飽きる。渡航前日、スーパーで鮭明太の小瓶を見つけた。念の為調べてみても、持ち込みに支障はなさそう。
日本は準々決勝で敗退したけれど、その後のチケットも当然確保済みである。準決勝2試合と決勝を観戦し、ベネズエラの劇的初優勝を見届け、ベネズエラの「V」Tシャツを買った。
試合終わりは毎度深夜なので、タクシーを呼んでホテルへ。で、夜中にパックごはんをレンチンして、鮭明太を乗せて食べる。これがマイアミでのルーティンだった。5泊7日を共に過ごした先輩と喧嘩することはなかったのだけど、「鮭明太を一口だけちょうだい」と言ってきた先輩が、米と一緒に大きめ二口をかき込んでいた時だけはイラっとした。日本から持ち込んだ鮭明太は小瓶である。持ち込んだパックご飯を凌ぐだけの量があるか怪しかったのだ。
こうして、なぜか鮭明太がマイアミの思い出と強烈に紐づいてしまったのである。


