「後日、ご紹介いただいた方には、『何か具体的にお願いすることはなかった』という趣旨をお伝えした記憶があります」

 その記憶はあるんだ!

今度はもう一つの「陳述書」が現れた

 ここまで読むと、紙より本人に聞きたくなる。それをやる場所を、たしか国会と呼んでいた。木下秘書は陳述書の最後で、訂正された国会答弁について、「就寝中だった」などと説明している。その程度の確認で国会答弁になってしまうものなのか。

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 ……と思っていたら、今度はもう一つの「陳述書」が現れた。投稿先は国会ではなくX。

 高市首相が書いたのは、「寝ていない」という話だった。「0時間~3時間睡眠が常態化」「風呂掃除」「洗濯」「アイロン」「裁縫」。一見すると近況報告のように見える。

高市首相のポスト

 この投稿には同情だけでなく、さまざまなツッコミが集まった。

「寝ていない自慢は、もう時代遅れではないか」「本当なら睡眠不足で重要な判断をするほうが心配だ」「働き方改革を掲げる首相の発信として矛盾しているのではないか」「自衛隊の最高指揮官が『寝ていない』と発信するのは危機管理上どうなのか」

 どれも納得の指摘に思える。
 
 一方で、こうも言えないか。これは単なる近況報告ではない。一つの「物語」だ。

「国のために身を削り、それでも家事もこなす私」

 そんな主人公が、この文章にはいる。

 気になったのは、読んでいると「私」という言葉が何度も浮かんでくることだ。私が資料を読む。私がメールを処理する。私が洗濯をする。私が裁縫をする。主人公は、ずっと「私」である。官邸チームや秘書官、官僚の姿はほとんど見えない。語られているのは政策そのものではない。「どれだけ頑張っているか」という物語だ。