詳細は拙著『神々の復讐』(講談社)で触れた通りだが、加害熊は子熊二頭を連れたメス熊で、自分は見張りをして、子熊に遺体を喰わせていたという。

熊はエサに強く執着することがよく知られており、数日エサの付近に居座っていることが多い。

冒頭の事件においても、喰い残した下半身に執着して、現場付近にしばらく潜んでいたに違いない。

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地元を取材してわかった「新たな可能性」

マスコミ報道が過熱する一方で、地元の反応は意外にも冷静だ。

地元の関係者によると、いずれの事件においても「熊に喰い殺された」のではなく「登山中に事故死した遺体が食害された可能性が高い」とのことである。特に昨年末の事件は現場周辺にテン(イタチに似た哺乳類)の糞が残っていたことから、熊害の可能性は低いようだ。

筆者は、まさに両事件が起きた奥多摩町日原の在住だが、地元の知人Kさんは次のように話す。

「熊が出るのは毎年のことで、今年もすでに4月頃からあちこちで出没しています。駅や民家のそばでも出ています。地元で登山をする人は多くないし、山奥での事故ということもあって、怖がっている人はあまりいません」

むしろ深刻なのは観光業への影響だと話すのは、町内在住の登山愛好家Yさんである。

「影響は少なからず出ています。昨年9月くらいから毎週のように人身被害の報道がされましたが、今年は町内を歩いていても、例年よりも観光客の姿が少ない印象です。週末は混雑する路線バスも、あまり混んでいない状況です」

クマに出会う確率は「100回に1回」

ヒグマにおける人喰い熊の出現確率は、わずか「2000頭に1頭」(門崎允昭『羆の実像』を基に推計)に過ぎない。より草食性の高いツキノワグマでは、出現確率はさらに下がる。過度な心配は風評被害に加担することになる。

「報道が不安をあおって「熊怖い」が植え付けられている気がします。『奥多摩で熊に会う確率は100回に1回』といわれるくらい少ないです。山に入るときは、熊鈴をつける、多人数でおしゃべりしながら登る、早朝と夕方は気をつけるなど、従来通りの対策をすれば問題ないのではないでしょうか」(前出Yさん)

筆者の経験でも、地元住民が野生動物の動画を投稿するのは熊かカモシカか、というくらい、出会うことが珍しい動物である。

奥多摩の観光シーズンはこれからが本番。しっかり対策をとった上で大自然を楽しみたい。

(初公開日:2026年6月11日)

中山 茂大(なかやま・しげお)
ノンフィクション作家、人喰い熊評論家
明治初期から戦中戦後にかけて、約70年間の地方紙を通読、市町村史・郷土史・各地の民話なども参照し、ヒグマ事件を抽出・データベース化している。主な著書に『神々の復讐 人喰いヒグマたちの北海道開拓史』(講談社)など。新刊『人喰い熊大国ニッポン』(小学館新書)が8月1日に発売予定。
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