1950年、日大の資産が白昼堂々奪われた。犯人はなんと19歳の現役職員。同僚をナイフで切りつけ現金を強奪すると、年下の恋人と逃亡劇を繰り広げる。あまりに稚拙な手口と、逮捕時に放った「オー・ミステーク(ああ、しくじった)」という一言は一躍流行語に。戦後日本を騒がせたカップルの正体とは? 鉄人社の文庫新刊『戦後まもない日本で起きた30の怖い事件』より一部を抜粋・再編集してお届けする。(全2回の1回目/続きを読む

写真はイメージ ©getty

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「オー・ミステーク(ああ、しくじった)」

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 これは1950年(昭和25年)に起きた「日大ギャング事件」の犯人が口にし、同年の流行語になった言葉だ。19歳の男は現金を強奪後、年下の恋人女性と逃亡。1930年代のアメリカを騒がせた強盗カップル、ボニー&クライドさながらの行動だが、その犯行手口はずさんで、逮捕も実にあっけないものだった。

会計係を襲って

 1950年9月22日午後、東京都千代田区の派出所に男たちが「強盗に襲われた」と駆け込んできた。

 彼らは日本大学本部会計課員の八木下茂(当時20歳)と用務員の金山忠一(同62歳)、同大学運転手の佐藤清寿(同40歳)の3人で、話によれば、同大学本部の職員100人余りの給料支払いのため富士銀行(現みずほ銀行)神田支店で現金53万円(現在の貨幣価値で約2千120万円)を下ろし、ダットサンで次の銀行に向かう途中の路上で1人の男が「ヘイ・スタップ」と英語で車を止めたという。

 男は同じく日大本部の運転手である山際啓之(同19歳)で、運転手の佐藤が職場の同僚である彼を何の疑いもなく車に乗せ、千代田銀行(現三菱UFJ銀行)小川町通支店で残りの給料分の現金約137万円を受け取る。山際の態度が急変するのはその帰りのこと。佐藤をジャックナイフで脅し車を大手町方面に向かわせ労働省前で停車。

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 八木下の右首筋を切りつけ9針を縫う重傷を負わせたうえ、給料入りのボストンバッグを強奪し、3人を車外に放り出した後、車で逃走したのだという。

次の記事に続く 男は逮捕、刑務所の「彼を待ちます」と言った恋人は…日大を襲撃した「ヤンチャカップル」の“残念なその後”(昭和25年の事件)