昭和29年の埼玉で凄惨な遺体が発見された。肉体の一部が切り取られたその姿は、一人の男の狂気を物語っていた。29歳の男は、なぜそこまで殺人衝動を募らせたのか。きっかけは、ある女性へのあまりに一方的な片思いだった。鉄人社の文庫新刊『戦後まもない日本で起きた30の怖い事件』よりお届けする。(全2回の1回目/続きを読む)
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日本初のストーカー殺人
後に日本犯罪史上初のストーカー殺人を起こす古屋栄雄は1924年(大正13年)、現在の山梨県甲州市塩山に生まれた。小学校での成績は極めて悪く、卒業するときは285人中の最下位。
卒業後、近所の電気屋に就職したものの、半年で辞め、以降は実家で畑仕事を手伝うようになる。同時に犯罪に手を染め始め、バス車内でスリを働き裁判で懲役8ヶ月、執行猶予2年の判決が下される。太平洋戦争が始まって9ヶ月後、1942年9月のことだ。
地元で「前科者」「ワル」などと白い目で見られるなか、建材屋の見習いとして住み込みで働くものの、職場から盗んだ銅材を実家に運んでいたことが発覚。執行猶予は取り消しとなり、1944年4月、北海道函館の少年院に収容され、1年4ヶ月後の1945年8月退院。その後は実家に戻り、畑仕事を手伝いながら、家具を造ったり、電気器具の卸しを始めたりしながら、しばらくは大人しく暮らした。
