――「やってみたい」と思っても、実際に一歩を踏み出すのは簡単ではないと思います。中原さんが挑戦を決意する中で、勇気を与えてくれた存在はいましたか。
中原 もともと舞台を観るのが好きで、バレエやお笑いなどもよく観ていましたが、一番大きかったのは、やはり宝塚の存在ですね。いわゆる「推し活」でしょうか。特に雪組の早霧せいなさんを応援していて、ファンクラブにも入り、公演の入り待ちや出待ちにも通っていました。兵庫まで0泊2日で足を運んだこともあります。
200人ほどのファンが並ぶ中、それでも早霧さんは一人ひとりのお手紙を丁寧に受け取ってくださるんです。その姿にとても感銘を受け、「私もいつか、人に夢や感動を届けられるようなステージに立ちたい」と思うようになりました。
――俳優として活動を始めた後「一歩前へ進めた」と感じた出来事や、お仕事があれば教えてください。
中原 やはり、TBS系日曜劇場『半沢直樹2』に出演させていただいたことですね。私は第1シリーズから『半沢直樹』の大ファンで、毎週かぶりつくように観ていたので、出演が決まった時は本当に飛び上がるほどうれしかったです。「レギュラー銀行員」として出演させていただき、エンドロールにも名前を載せていただきました。
そして何より感動したのは、実際に『半沢直樹』のセットに入れたことです。銀行のセットは細部まで本当に丁寧に作り込まれていて、パソコンに映るメール一つをとっても、ちゃんと登場人物宛ての内容になっているんです。
画面ではほとんど映らないような部分にまでこだわり抜く姿勢を目の当たりにして、「一流の作品はここまで作り込むんだ」と感動しました。あの現場で「本物」に触れたことが、俳優としてもっと成長したいと思える、大きな転機になりました。
アイドルへの憧れを思い出し「気づいたら応募ボタンを…」
――俳優として経験を積まれる中で、なぜつんく♂さんが楽曲提供されるアラフォーアイドルプロジェクトへの参加を決意されたのでしょうか。
中原 本当に不思議なご縁だったんです。劇団ひまわりに入って1年ほど経った頃、レッスンの日に少し早く着いてしまって。普段はあまりSNSを見ないのですが、その日に限って何気なく見ていたところ、たまたま「アラフォーアイドル輝けプロジェクト!(通称:フォティプロ)」のクラウドファンディングの募集が目に飛び込んできたんです。
――その募集を見た瞬間、「挑戦してみよう」と思われたのですか。
中原 はい。「私は、本当は何をやりたかったんだろう」と振り返った時に、心の奥にしまっていたアイドルへの憧れを思い出したんです。
そのプロジェクトは、全国各地にいたアラフォーアイドルのグループが声を掛け合って立ち上げたもので、「つんく♂さんに楽曲を書いていただける」という言葉にも心を動かされました。
以前の私だったら、「何の経験も無いのに無理だろう」と思い応募する勇気はなかったと思います。でも、劇団ひまわりでオーディションを受ける経験を重ねる中で、「今なら挑戦できるかもしれない」と思えるようになっていました。
締め切りギリギリでしたが、気づいたら駆け込みで応募ボタンを押していました。
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