わかったようなわからぬようなアート用語の代表格に「インスタレーション」というのがある。ある場所にアーティストが手を施して、空間全体を作品に仕立て上げるもの、というのが一応の定義だけれど、絵画とか彫刻のようにわかりやすい作品がそこにあるともかぎらないので、観る側としては何を見ればいいのか判然としなかったりする。

 つかみどころのない作品になりがちなのだが、アーティストの介在によって快い空間が生まれていれば、それはインスタレーションであるとみなしてよさそうだ。こういうのは、実例があってようやく納得できる。

 折りよく格好の見本に触れられる展示が始まっているので、ぜひ足を運んでみたい。東京・原美術館でのリー・キット「僕らはもっと繊細だった。」展。

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「私にとってアートとは、言葉で説明できるようなものではない」

 リー・キットは香港出身で、現在は台湾の台北を拠点にして世界的な活動を展開するアーティスト。絵画、映像、プロジェクターから発する光、家具や調度品などあらゆるものを自在に用いたインスタレーションを得意とする。

 

 展示場所の原美術館はもともと戦前に建てられた私邸で、GHQの接収を経て現代アート専門の美術館につくり変えられたという数奇な歴史を持つ名建築。「場」全体を作品とするインスタレーションの名手にとって、これほど魅力的な素材もまたとない。

 

 会場を訪れてみればすぐにわかる。リー・キットと原美術館の邂逅は、すばらしく幸せなものになったのだと。私邸だったころの名残りで展示室はいくつもの部屋に分かれているのだけれど、どの空間もアーティストと建築のどちらかが目立つというのではなく、両者の存在感が完全にイーブンで、ああこの部屋は建てられたときからいつもこの状態だったんじゃないかと思わせるほど、何の矛盾もなく調和した空間がそこに現れている。

リー・キット氏

「夢が叶いました。ぜひここで展示したいと言い続けて、ようやく実現した個展ですから。以前からここの独特の空気が大好きで、日本に来るたび何度も足を運んでいたんですよ」

 個展幕開けのためしばらく日本に滞在していたリー・キット本人が、そう話してくれた。原美術館を舞台にして、生み出したい雰囲気やイメージはもちろんあったが、それを明確な言葉にするのは難しく、細かい作品設置プランなども作ったりはしなかったという。

「そう、私にとってアートとは、言葉で説明できるようなものではないので。スラスラと口頭で説明できるのだったら、わざわざアートとしてつくる必要もないんじゃないかと思ってしまう。そんな調子だから、周りからしたら私はずいぶん扱いづらいアーティストでしょうね(笑)」