「団体戦で両方に出れば、五輪のメインリンクで個人戦に向けたシミュレーションができます。璃来ちゃんの一言が、龍一くんの背中を押したんです」
地下の「お昼寝スペース」
幸い脱臼は軽度で、カナダに戻ると練習を再開した。1月初旬に渡部が現地を訪れた時には、計画どおりに練習を積み重ねていた。
「僕が年末、璃来ちゃんに伝えたのは『自分の怪我のせいでごめんなさい、という罪悪感のまま練習していたら、金メダルは難しいよ』ということでした。1月の段階でしっかり強い気持ちに戻っていました」
一方の竹内は、強化部長の立場から、現地入りに向けあらゆるサポート体制を整えていた。試合当日に向けて準備したものの一つが、睡眠のサポートだった。
「今大会は、個人戦の公式練習が夕方にあり、時間をあけずに夜に試合。選手村に戻る時間がありませんでした。普段の国際大会では『朝練後にホテルで睡眠をとってから本番』というペースが、選手の体に染み付いています。そのため、会場内で寝られる場所を探しました」
竹内と渡部は2年前から三度、ミラノの試合会場をくまなく視察した。そして地下に、誰も使っていないエリアを発見し、そこにマットとアイマスクを持ち込んで「お昼寝スペース」を作ることにした。
また、選手村から徒歩圏内にホテルを借り、第2の拠点とした。ここに日本食ブースを設置。また持ち出せる携帯用の軽食も準備した。
「ソチ五輪の時は、部屋から選手村のダイニングまで徒歩で15分もかかり、選手が夜食や朝食を抜く、という事態が起きました。平昌五輪からコンディション・食事の拠点を始め、改良を重ねました」
また、試合前の極限の精神状態になると、1人で集中したい時もあれば、誰かと喋りたい時もある。選手村の部屋をシングルユースできるようにし、加えて選手村の一室をコミュニティブースとして、人工芝を敷き、団らんしながらケアや食事が出来る場所に改良した。竹内は自ら現地のホームセンターで人工芝を調達したという。マルコットはその細やかな段取りを高く評価する。
「2人は五輪特有の喧騒から離れ、自分達のペースで時間を過ごすことができました。金メダルを目指す私たちは、五輪を満喫しにいくのではありません。『いつも通り』であることが重要でした」
※この続きでは、「選手のメンタルサポート」についてトレーナーの渡部文緒氏が語っています。約9200字の全文は、月刊文藝春秋のウェブメディア『文藝春秋PLUS』に掲載されています(野口美惠「りくりゅう『奇跡の金』の軌跡」)。

