ブルーノート・レコードのジャケット・デザイン
白黒画像を青や赤など一色で染め、インパクトのある文字を配置する。これはジャズで有名なブルーノート・レコードのジャケット・デザインにならったオマージュに違いない。超大国の指導者もブルーノート風に紹介する。ジャズを冷戦の“兵器”とした政治のご都合主義を“ジャズ愛”たっぷりに揶揄しているようだ。
遊び心を感じるのが、ソ連首相フルシチョフの国連での演説場面。植民地主義を糾弾しながら演台を何度もこぶしで叩く。そこにジャズのステップや拍手のリズムを重ねる。決め台詞はディジー・ガレスピーの「リズム・イズ・マイ・ビジネス(リズムがすべてさ)」。気の利いた演出が重いテーマを見やすくする。
しかし現実のコンゴは混迷を深めていく。地下資源の豊かな南部のカタンガ州が分離独立を宣言。海外から入り込んだ傭兵たちが残虐行為を繰り返す。その一人、「黒人殺しだけの男じゃない」とうそぶく傭兵の胸に、ナチスの鉤十字が見える。
混乱の中、ルムンバ首相は敵対勢力に逮捕され暗殺。この不正義に怒ったジャズ歌手のアビー・リンカーンと、冒頭にも登場するマックス・ローチは、賛同する人々とニューヨークの国連本部に乗り込み実力行使に出た。安全保障理事会の議場で「人殺し」「差別主義者」と抗議の声を浴びせ、阻止しようとする警備員と格闘。各国の代表たちを呆然とさせた。政治の理不尽に異議を申し立てる痛快な活劇だ。
コンラッド『闇の奥』を思い起こす
ここでコンラッドの『闇の奥』という小説を思い起こす。19世紀末、コンゴがベルギー王の個人領地とされていた時代。コンゴ川上流のジャングルで行われていた象牙取り引きを題材に、文明の美名に隠された植民地支配の闇を描いた。のちにフランシス・コッポラ監督の映画『地獄の黙示録』(1979年)の原案になったことでも知られる(舞台はベトナム戦争に置き換えられた)。
その闇に終止符を打つのがアフリカ諸国の独立のはずだった。1960年にコンゴをはじめ相次いで独立した17か国のうち16か国が国連に加盟し「アフリカの年」と呼ばれた。あの頃、実現に近づいたように思えた「脱植民地化」の夢はなぜ潰えたのか? 映画は明快な解釈を打ち出す。
悪役はアメリカ、ベルギー、その言いなりになる国連だ。ジャズを政治利用する陰で利権を手放すまいと陰謀を巡らし、正当に選ばれたルムンバ首相の殺害を見過ごした。これに抵抗、抗議する人々は「共産主義者」「過激派」などとレッテルを貼られる。権力者は建前ではきれいごとを言うが、実態は利権のため弱い立場の者を踏みにじっているではないか、と映画は告発する。


