小川は1967年に俳優の細川俊之と結婚して雅代さんをもうけるも、数年で細川が家を出る形で破局。その後は、天性の才能とバイタリティで演技に力を注ぐ一方で、母親としては娘を苦しめ続けた。雅代さんは鬱状態に陥り、ついには母親と会うことについてドクターストップがかかるようになり、この10年は絶縁状態になっていた。

奇行の末、家さえも失っていた

 そして今年5月、突然かかってきた電話によって、雅代さんは2カ月前に母親が亡くなっていたことを知ったのだという。その後、晩年の母の足取りを辿ることによって明らかになったのは、母が奇行の末、家族や仕事ばかりでなく、家さえも失っていたという衝撃的な事実だった――。

生まれたばかりの娘・雅代さんを見つめる真由美(本人提供)

 8月10日発売の月刊「文藝春秋」9月号、および8月9日配信の月刊「文藝春秋」の電子版「文藝春秋PLUS」掲載の「毒母・小川真由美は“孤独死”していた」では、ひとり娘の雅代さんの証言を通じて、「占い師のお告げに支配される異常な生活」「俳優・橋爪功との婚約と破局」「自らのベッドシーンを娘に見せる毒母ぶり」から、「女優引退を引き起こした“出家騒動”の顛末」「鹿児島での最期の日々」まで、稀代の名女優の隠された実像に迫っている。

文藝春秋

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毒母・小川真由美は“孤独死”していた
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