7月、改正皇室典範が成立し、今後皇族の養子に旧宮家の男系男子を迎えることが可能となる。しかし、世論は改正法案の成立後も大きく割れている。この問題に、昭和史研究家の保阪正康氏が警鐘を鳴らす。

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天皇が政治利用される危険

 いま男系養子論に執着することには、天皇が政治的に利用される危険性がつきまとう。つまり、戦後の平和主義的な天皇像の継承が脅かされ得るということを意味するのである。

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昭和史研究家の保阪正康氏 ©文藝春秋

 また男系養子論は、旧11宮家側の事情を抜きに語ることができない。私は21年前、小泉純一郎政権下で皇室典範に関する有識者会議が発足した時期に、もし男系男子を前提として養子を迎える方針が決まった場合、その候補となり得る皇族とその旧宮家の戦後史をかなり踏み込んで取材したことがある(「新宮家創設 八人の『皇子候補』」、『文藝春秋』2005年3月号)。伏見、山階、久邇、賀陽、朝香、東久邇、北白川、竹田、閑院、梨本、東伏見の11宮家のうち、山階、閑院、東伏見の三宮家は断絶しているので、八つの旧宮家ということになる。当主もしくは候補当事者は、生命保険会社に勤務していたり、石油会社に勤務していたり、技術畑に進んでいたり、それぞれ民間での暮らしを営んでいた。

「国民の皆さんの理解が得られるものとなることを望んでおります」と、天皇陛下が皇室典範改正に言及 ©時事通信社

 養子になることはあり得るかと問うと、次のような答えが返ってきた。

「皇太子家に男のお子さまがお生まれになるかもしれないので、それ以外は何も考えておりません」

「まだ議論する時期ではないと思います」

「現実的にはイメージができませんね。一部の人が議論するだけで、そのまま決められてしまっていい問題ではないのではないでしょうか」

皇族に戻る意識は稀薄に

 取材には応じなかったがホームページなどで独特の皇位継承論を披瀝している人物が1人いた以外は、男系養子案に対して、旧宮家の人々はそれぞれ当惑の表情を浮かべ、慎重な口ぶりであった。あれから20年以上の月日が流れ、彼らは市井で生活し、世代交代もあったであろう。皇族に戻ろうという意識がさらに稀薄になっていることは間違いない。

 このときの取材で示唆的な見解を語ってくれたのは、静岡福祉大学教授(当時)の高橋紘であった。

「現存の旧宮家はみんな直系とは600年も前に分れていて、非常に血筋が遠い。たしかに男系の皇統ではありますが、国民の8割が女性天皇を容認するという世論調査の結果もある現在、遠い血縁の継承者を呼び戻すことに、果して国民の共感が得られるかどうかという問題は残ります」