昭和史研究家の保阪正康氏は、今回の皇室典範改正や天皇制論議には強い危機感を覚えているという。現状の問題点や、議論を推進している高市首相への違和感について語った。
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高市首相の歴史観における「欠落」
高市早苗首相はかねてから憲法改正と皇室典範改正を公約に掲げてきた。4月12日の自民党大会での演説では、「日本の歴史を貫く支柱が天皇です」と位置づけてから、皇族数の確保のための「皇室典範の改正」を急務とした。そして、126代にわたる「男系」の皇統継承こそが天皇の権威と正統性の源だと説いたうえで、こう述べている。
「『皇族には認められていない養子縁組を可能とし、皇統に属する男系男子を皇族とする』案を第一優先として、国会における議論を主導してまいります。そして、迅速に『立法府の総意』がとりまとめられる。そのように努め、静謐な環境で『皇室典範』の改正を行うことを目指します」
その後、皇室典範改正のための与野党協議が急ピッチで進められ、2カ月間で事態は高市の演説通りの方向に推移している。自民党大会で皇室典範改正を訴えた直後、高市が「時は来ました」と言って「日本人の手による自主的な憲法改正」を強調していることにも留意しておくべきであろう。高市政権にとって、皇室典範改正と憲法改正は、自らが遂行しようとする国家改造における両輪のような役割を負っていると考えられるからだ。
同月に行われた「昭和100年記念式典」についても見ておく必要がある。高市は戦後日本の復興を「希望」「底力」「挑戦」として語ったが、昭和20年までの「戦争の時代」の内実にはまったく触れなかった。つまり高市が振り返る昭和、目指す「強い国」には戦争体験が抜け落ちているし、戦争体験の悲劇から得た教訓によってこそ戦後の経済成長がもたらされたとの歴史観もないのだろう。

