不朽の名作ドラマ「北の国から」が放送開始45周年を迎えた。時代も人もテレビも大きく変わり、五郎さんら「北の国」の住人たちはこの世を去った。ドラマの産みの親・倉本聰氏は今、何を思うのか。富良野を訪ねた。

「今の世の中をどうみているかって? 高市さんなんて何とも思わないですけどね(笑)。なんでトランプみたいな男が世界のトップに立っているんだろうか。それよりも、クマが悪者扱いされているのが悲しいです」

 7月27日、北海道富良野市。森の中のアトリエでインタビューに応じたのは倉本聰氏(91)である。名作ドラマ「北の国から」(フジテレビ)が1981年の初回放送から今年で45周年を迎えた。

「ちょっと肺が悪くてね」そう明かす倉本氏の鼻には酸素吸入のチューブが装着され、時折、息苦しそうな様子をみせる。大好きなコーヒーに口をつけ深呼吸して息を整えると、いつもの舌鋒鋭い倉本節が蘇ってきた。

現在も創作活動を続ける倉本聰氏

「何度もクマにあったことがあります」

「『北の国から』の第1話で、純(吉岡秀隆)が電気もない、水道もない原始的な生活に驚くシーンは、『ロビンソン・クルーソー』から着想しました。僕が富良野に住みはじめた頃(1977年に東京から移住)は荒れ果てた森でね。何にもなくて、今のような綺麗な森ではなかった。

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 最近、クマが出たとやたら騒いでいるけれど、この森で何度もクマに会ったことがあります。全然怖くなかったよ。こっちが知らんぷりして友達と会話していると、それを黙って聞いているだけの存在。気立てのいいクマもいる。きっと熊吉とか熊五郎とかそういった名前のクマです(笑)。

田中邦衛(左)と倉本氏

 僕が思うに、クマの中にも通信網がある。クマは優れた嗅覚、聴覚を頼りに、身の回りで起こっていることの情報をキャッチして、言語以外の方法でちゃんと共有しているそうなんです。クマにも『週刊文春』のチーフみたいな存在がいて、仲間に『今の人の世はこうなっているぞ『と伝えていたりして。それで、『害意のない平和的な人間』だと、かつてのようには認めてもらえていないのかもしれない。共通の情報を持っているからこそ、あんなに人里にクマがこぞって出てくると思うの。

 学者を含めみんな、クマのことを軽蔑しちゃったものの見方ですよね。クマは我々人間が思っている以上に賢いのに」