高市早苗首相陣営が関与したとされる「中傷動画」問題では、小泉進次郎氏も標的になったと報じられている。

最近の小泉氏を見ていると、一つの疑念が…

 一方、小泉側も昨年の総裁選で、陣営関係者に動画配信サイトへの応援コメントの書き込みなどを呼びかけ、「ビジネスエセ保守に負けるな」など24種類の例文を示していた。小泉氏は陳謝し、その後、高市政権で防衛相に就任した。めでたしめでたし、である。

小泉進次郎防衛相 ©時事通信社

 しかし。

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 最近の小泉氏を見ていると、一つの疑念が浮かぶ。かつて小泉陣営は「ビジネスエセ保守に負けるな」と呼びかけた。ところが今、小泉氏自身が「ビジネスエセ保守」、いや「エセ高市」になろうと懸命なのではないか。

 では、どこが「エセ高市」なのか。最近で言うなら「核」である。先月、小泉氏は核をめぐる議論について「触れざるを得ない」と発言。訪問先のベルギーでも「あらゆるタブーなく議論をしなければ」と述べた。

 ここで思い出すのが高市首相だ。首相就任前の編著書で、核兵器を「持たず、作らず、持ち込ませず」とする非核三原則のうち、「持ち込ませず」は「現実的でない」と主張していた。今、小泉氏も核をめぐって高市氏を思わせるようなことを語っている。

 核について「タブーなく議論する」。非核三原則の「持ち込ませず」は「現実的でない」。こういう言葉を聞いていると、こちらが厳しい国際情勢を直視する「リアリズム」で、核廃絶や非核三原則を訴える側は現実を知らない「お花畑」と嘲笑する人もいるだろう。でも、本当にそうなのだろうか。そもそも、何を見て「現実」と呼んでいるのだろう。

 昨年出版された『爆心を見つめて』(鎌田七男、宮崎園子)で、長年、被爆者を診てきた医師の鎌田氏は、原爆が人間を生涯にわたって苦しめることを「生涯虐待」と表現している。先日、宮崎園子記者に話を聞くと、小泉氏の発言について「何がリアリズムなのか」と問い、歴史を直視していないのではないかと指摘していた。

「現実」といえば、6日の広島市の平和記念式典での市長の演説にも目を見張った。