週に何度か、大学で授業を受け持っている。一番若い学生で、2007年生まれである。そんな生活をしていると「自分はもう中年なんだなあ」と実感する。「先生が生まれた頃ってテレビはカラーでしたか?」と聞かれる様を想像してみてほしい。若者相手に「学生運動の頃は先生も校舎に立てこもったもんさ」と大嘘をついて楽しむ日々だ。
1年の体感速度はどんどん速くなる。10代の頃、大好きな漫画の続きが待ちきれなかった。今ではいつの間にか未読のコミックが3冊くらい溜まっている。あの頃は1週間が長くて仕方がなかったのに、今は連ドラを追いかけるのすらしんどいときがある。
心が鈍感になっているんだよな。配信期限が過ぎてしまった連ドラのタイトルを眺めながら、そう思うことが増えた。昔は面白がれたものに手が伸びなくなって――伸ばせなくなってしまったと思うことも、やはり増えた。
そんなときに読んだ吉田修一さんの『タイム・アフター・タイム』である。
土砂降りの雨の日、偶然再会した高校時代の同級生、尾崎と久遠。20年以上前の初恋の記憶と、それをすっかり過去のものとして大人になった現在。二つの時間が、長崎と東京、そして沖縄の美しい情景の中で紡がれていく。
自分が10代、20代だったら、偶然再会できた二人がどうなるのかに心躍らせたに違いない。下世話な言い方をするなら「二人がくっつくのかどうか」にやきもきしただろう。
ところが、アラフォーの背中が鮮明に見え始めた今、願うのは「どうか二人とも、心穏やかな場所に辿り着いてほしい」であった。アラフォーは恋愛の行方より、登場人物達の安寧を願ってしまう。
本作を一言で表すなら「恋愛小説」というのが一番わかりやすいだろうが、読めば読むほど、人の善良さをしみじみと味わった。
人は、誰かの悪意で傷つけられたり苦しんだりする。でもそれと同じくらい、もしかしたらそれ以上に、誰かの善意に傷ついたり苦しんだりする。
作中で、尾崎と久遠、二人を取り巻く登場人物達は、そうやって傷つきながらそれぞれの人生を送る。愛した人が世界のすべてだった日々が終わり、愛だけでは世界が支えきれない年齢になる。ときどき、10代の頃の輝かしい景色を思い出す。でも決して戻れないことを理解している。
主人公である尾崎が、息子に向かってこんな言葉をかけるシーンがある。
「恋愛っていうのはね、何かを奪ったり奪われたりするもんじゃなくて、大切なものをお互いに与え合うもんなんだよ」
この言葉を素直に受け取れている自分に気づいたとき、この小説を読みながら、立派な中年となりつつある己の心が瑞々しく洗われたのだなと実感した。
よしだしゅういち/1968年長崎県生まれ。97年「最後の息子」でデビュー。『パレード』『パーク・ライフ』『悪人』『さよなら渓谷』『怒り』『横道世之介』『路(ルウ)』『国宝』『湖の女たち』『ミス・サンシャイン』など映像化、文学賞受賞作品多数。
ぬかがみお/1990年、茨城県生まれ。2015年小説家デビュー。最新刊『先生が終わらない』を8月26日に発売予定。
