戦地から帰還した兵士が心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症し、家族へ暴力をふるったりアルコール依存に陥ったりする――「戦争トラウマ」という言葉をご存知だろうか。大阪在住の藤岡美千代さん(67)は、まさにその「当事者」だ。
父・古本石松さんは千島列島での激戦とシベリア抑留を経て帰還後、別人のように豹変。幼い美千代さんに暴力と性暴力を繰り返した。戦後80年が経つ今、なぜ彼女は声をあげ始めたのか。
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ちゃぶ台をひっくり返し…
石松さんが変わったのは、舞鶴港から復員した直後からだった。「こんな石松は見たことがなかった」と親戚は後年、美千代さんに証言している。酒量は増え、泥酔した父がちゃぶ台をひっくり返すのは日常茶飯事。飛び散った食べ物を床から拾って食事にするのが、この家族の「普通」だった。
殴る蹴るだけでは終わらなかった。両親の離婚後、父と3人で暮らし始めた8歳の美千代さんに、父は覆いかぶさるようになった。
「お父ちゃんは、私の太ももにべちゃべちゃ、唾をつけて何かを押し当ててはいた。こう、私の上にかぶさって、なんか腕立て伏せをしてる」(藤岡さん)
実父による性暴力だった。その後、父は47歳で自死した。
兄からの性加害、母からの罵倒…止まらない暴力の連鎖
父の死後も、暴力の連鎖は止まらなかった。兄からの性加害、母からの罵倒、結婚後は夫のDV。美千代さん自身も一時、幼い娘に手をあげそうになり、「まるで自分の実家と同じ家庭じゃないか」と我に返った。
転機は2023年、偶然手にしたチラシだった。「PTSDの日本兵家族会・寄り添う市民の会」の集まりに足を運ぶと、同じ境遇の家族が20数人も集まっていた。「父のことは個人的な問題ではなく、社会的な問題なのでは」という思いが芽生えた瞬間だった。
父がしたことを、美千代さんは一切許していない。それでも、布でぐるぐるに包んだ父の写真を胸に、今日も声をあげ続ける。その理由とは何か。インタビュー本編で詳しく語られている。
〈つづく〉


