地元住民が明かしたトンネル、謎の穴の歴史

 聞き込みをしたところ、昔からここに住んでいるという男性に話を聞くことができた。

「今はサカタのタネができたけど、それまでお茶畑があったんですね、みんな向こうにトンネルで通っていたみたいです」

 四連隧道の先には、広大なハウス農場が広がっていたが、あれは種子メーカーの研究センターだそうだ。戦前まで、その土地には茶畑が広がっていた。西側の袋井市宇刈には昔から集落があり、東側の掛川市吉岡に茶畑があった。宇刈の住民たちが吉岡にある茶畑の手入れに行くには、小高い丘を越える必要があった。茶畑に通いやすくするため、4つの隧道が掘られたという。完成したのは明治17年頃のことだった。

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まるで異世界に迷い込んだかのよう

 また、4つ目の隧道だけコルゲートパイプで覆工されるなど様子が違っていたことも聞いてみた。すると、「土質が違うんだよ」と教えてくれた。また、四連隧道は現在市道になっているが、4つ目の隧道が袋井市と掛川市の市境になっている。道を管理する行政の違いも関係しているようだ。

 そして、最も気になっていた謎の穴について聞いてみた。

「海軍だったか陸軍だったか忘れたんだけど、練習用の飛行場があったんだって。その穴の中に飛行機を納めてて、爆弾から守るためにって」

 吉岡には戦時中、海軍航空隊の飛行場があり、練習場として使われていた。謎の穴は、航空機を格納するための地下壕だったというのだ。実際に航空機を格納していたかどうかは定かではないが、海軍航空隊のための資機材等を格納する地下壕であったことは間違いないようだ。まさか、こんなところに軍事施設があったとは、驚きだ。

四連隧道に行くにはこの道を直進する

 住民の方にお礼を述べ、四連隧道を後にした。見ているだけでは決して分からない四連隧道の来歴を、住民の方の証言で知ることができた。文献等がほとんど残っていないため確認することは困難だが、こうした話を聞いている時間がとても楽しい。隧道は、通るもよし、眺めるもよし、調べるもよし。今後も全国の隧道を巡り、住民の方しか知らない歴史と物語を少しでも多く聞き取りたいと思う。

撮影=鹿取茂雄

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