『バカの壁』など数多くの著作で知られる解剖学者の養老孟司氏(88)。2024年5月に右肺に小細胞肺がんが見つかり、翌年には左肺への転移が発覚した。これまでがんを特別扱いせず「がんにならなくても人間はいずれ死ぬ」と語ってきた養老氏だが、「がんになって気付かされたことがある」と明かす。自身の体験に基づいたがんとの向き合い方や、いずれ訪れる「死」の受け止めについて聞いた。
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養老孟司ががんの検査を受けたきっかけ
はじめに違和感を覚えたのは、右肩の痛みだったんです。ひどい肩こりだと思って、鍼灸師の資格を持つ娘にマッサージをしてもらったのですが、一向に痛みが消えないどころか背中全体へと広がり始めました。
体調の異変を感じたとき、僕はいつも「体の声」を聞くようにしています。経験上、たいした病気でなければ1週間もすれば症状は治まります。逆に、症状が治まらない、あるいは悪化する傾向にあるのであれば、何か良くない病気である可能性が高い。この時は、しばらく経っても肩の痛みが消えなかったので、「これはただの肩こりじゃねえな」と思うようになりました。体は「病院に行け」と言っていたのです。元来、僕は病院が好きではありません。それでも以前に比べると足を運ぶようになりました。
というのもその4年前に一度、体重が10キロ以上も落ちたことがありました。体の怠さが取れず、眠ってばかり。持病の糖尿病が何らかの悪さをしているのだと思いましたが、どう考えても普通ではない。このときも「体の声」に従って、教え子である東大病院の中川恵一くんに連絡し、受診することにしました。CTや心電図による検査結果を待っていると、「先生、そこを動かないでください!」と中川くんがストレッチャーを持って現れました。冠状動脈がほとんど詰まっていて、心筋梗塞を起こしていたのです。後から聞くと、既に一刻を争う状態だったようです。そのまま緊急入院となり、心臓のステント治療を受けることになりました。それ以来、東大病院に足を運ぶようになっていたのです。
今回も「内臓疾患の恐れがあるから」と、娘に背中を押されるかたちで医者に診せに行くことにしました。肩の痛みを診てくれたのも中川くんでした。まずはCTを撮ることになり、娘は「しっかりと診てくださいね」なんて念を押していました。結果が出て画像を見ると、右肺に肉眼でもはっきり見える3センチ程の小さな影が写っていた。肺がんとの診断を受け、そこから入院治療が始まりました。がん細胞の組織を採取する「生検」で患部に注射針を入れたときに「そうそう。そこが痛いんだよ」と、肩の痛みの中心部分に針が届いたような感触があったのです。初期のがんは、無症状であることがほとんどだそうです。がんが肋骨に食い込み、神経を圧迫することで痛みが出ていたのでしょう。
