解剖学の視点から現代社会を鋭く論じ、『バカの壁』などで「脳化」の行き過ぎに警鐘を鳴らし続けてきた養老孟司さん。臨床心理士として現代人の悩める心に対峙し、現場で得た知見を『居るのはつらいよ』などの著作に昇華させてきた東畑開人さん。実は初対面であるふたりが、現代における「心」の状況について探りました。
◆◆◆
「心とは何か」と訊かれたら…?
東畑 養老さんには以前からお会いしたいと思っていました。『唯脳論』を書かれた養老さんに「心とは何か」をうかがいたかったんです。でも、実はもう一つ大きな理由があります。それは養老さんが母校である栄光学園の先輩だということです。僕が1995年に栄光学園中学に入学した頃には、養老さんはすでに「スーパーレジェンド」として尊敬を集めていました。
養老 ヘンな学校でしたよね。僕が通っていた時は、戦争が終わって間もない頃で、世の中が自由になっていく時代だったのに、うるさい校則がたくさんあって。制服を着て行進していました。
東畑 規律にうるさい校風は僕の時も健在でした。休み時間に裸で体操したりとか。
養老 そうです、そうです。
東畑 やっている時は嫌だったんですけど、もうやらなくていい立場になると、懐かしく感じます。
母校の話はこれぐらいにして、早速、本題に入らせてください。僕は臨床心理士なので、「心」についていつも考えて生きているのですが、ある時、学生から「心とは何か、一言で教えてくれ」と言われて、うまく答えられなかったんです。養老さんは、「心とは何か」と訊かれたら、何と答えますか?
養老 そうですか。話が壊れちゃうといけないんですけど、僕は本を書いたりする時には、「心」という言葉は使わないんです。使わないというよりも、使えない。今、言われたように心には定義がないから。
東畑 そうなんですよね。