表沙汰になりにくいが、男児の性被害は決して少なくない。石丸素介さん(39)も被害者の一人だ。現在でも後遺症に悩まされているという石丸さんが、同様の被害を受けている人たち、そして自分自身のために、「実名・顔出し告発」を決めた。

石丸さんの受けた被害とは、小学校時代の男性担任教師による継続的なわいせつ行為。2016年、その元担任は男児へのわいせつ事案で逮捕された。報道を目にした石丸さんは、裁判所へ訴える決意をした――。性暴力の実情を長年取材するジャーナリスト・秋山千佳氏の徹底取材。(年齢は初出時)

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熱海のリゾートマンションが事件現場に

 駅至近の分譲マンション、文教地区を見下ろす最上階に、小学校教諭を定年退職した奥田達也(仮名、72歳)の自宅はある。

 2016年に逮捕、未成年者誘拐罪および児童福祉法違反で翌年起訴された時、奥田はこの自宅以外に、熱海のリゾートマンションを別荘として所有していた。海沿いに建つ大型マンションで、共用施設として源泉かけ流しの温泉が大浴場と家族風呂の二つあり、娯楽室には卓球台もある。

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 この別荘が、奥田が逮捕・起訴され有罪判決を受けた刑事事件の現場となった。概要は次のとおりだ(後の石丸素介との裁判の一審判決から引用。改行は筆者による)。

「被告(※奥田)は、平成29年3月16日、横浜地方裁判所において、未成年者誘拐、児童福祉法違反により、懲役3年、執行猶予4年の判決を言い渡された。

 当該判決において認定された罪となるべき事実は、被告は、

 (1) A(当時11歳)が未成年者であることを知りながら、Aを誘拐しようと考え、C(※共犯者の元小学校講師の男)と共謀の上、平成28年4月17日午後1時頃、静岡県伊東市所在のスーパーマーケット敷地内において、以前から『マンションに温泉があるよ。』『卓球ができるよ。』『食べ物が食べられるよ。』などの甘言を用いて誘惑していたAを、同所に駐車していた自動車内に乗車させた上、その頃から同日午後4時26分頃までの間、被告が所有する同県熱海市のマンション内等に連れ込み、Aを被告及びCの支配下に置き、もって未成年者を誘拐した、

 (2) B(当時13歳)の両親から、Bを、Bの両親の監督を離れて被告の所有する上記マンションに宿泊させることなどにつき承諾を得ていたものであるが、その立場を利用し、Bが18歳に満たない児童であることを知りながら、同年8月13日頃、上記マンションにおいて、Bに自己を相手方として、Bの陰茎を手淫するなどの性交類似行為をさせ、もって児童に淫行をさせる行為をしたというものであった」

 石丸素介は、担任だった奥田から小学校時代に受けたわいせつ行為について、まずは話し合いによる解決を目指そうと、2020年に民事調停の申立てを行った。代理人弁護士・今西順一は、事実関係として、原告である石丸の語る被害状況に加え、上記の奥田の刑事事件が「法的責任を追及する決断をするに至った」きっかけになったとして申立書にまとめた。

 これに対し、被告となった奥田は強く反論した。

 以下のような答弁書を寄せている。

「全て一方的な虚偽申告であり、全く身に憶えがない。誇張された新聞からの原告、代理人の妄想で、不労所得を得ようとするいいがかりで、ゆすりたかりの類といえる。このような具体的・客観的根拠なしに人格否定におよぶような行為に断固として抗議する」

 完全否定だった。調停は不成立となり、石丸は慰謝料1千万円を求める損害賠償請求訴訟を提起することとなった。

石丸さん Ⓒ文藝春秋

 今西にとって悩ましいことがあった。

 奥田の刑事事件は、石丸の件と直接繋がるわけではないとはいえ、奥田の男児への性的関心やわいせつ行為を暗示するものだ。しかし、証拠として入手できたのは判決文のみ。短い判決文では詳細までわからず、さらにもう一人の共犯者と「共謀の上」という文言のために、どちらがどの行為をしたのか事実関係が曖昧になっている面があった。そのため今西は、判決に至るまでの裁判記録の閲覧を検察庁に申請したが、受理されなかった。

 つまり、原告・石丸が戦うための武器としては、心もとないものだったのだ。

 2020年のうちに、東京地裁立川支部で一審が始まった。

 奥田は弁護士を立てなかった。本人訴訟だ。それを知った石丸は「どうせ負けるわけがないと思っているのかな」と感じた。