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「法律家として納得できません」

 石丸は「やっぱり証拠が弱いからか」と失望した。そして同じように落胆する母・厚子に「裁判はもうやめようか」と言い、今西にもそう申し出た。

 しかし、今西は「法律家として納得できません」と答えた。

 そのときの思いを今西が振り返る。

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「性被害は、基本的には密室で起こるもので客観的証拠が残りにくいものです。強制性交の直後だったら被害者の体内から体液が出ることもありますが、今回のような時間が経過した事案では当然何もないわけです。そういう事案の特殊性を踏まえると、事実認定をするにあたって、客観的証拠がないから信用できないというのは代理人弁護士として納得できる理由にはならない。あまりにも裁判所が真摯に向き合っていないと感じたんです」

 石丸は裁判の過程で、奥田の発言を直接・間接に聞くたびに「こんなめちゃくちゃなことを言っているのか」と心乱れ、無力感を覚え、寝たきりになる日が多くなっていた。

 だが今西の熱情に触れ、戦い続ける意思が蘇ってきた。控訴を決めた。

 2022年10月、東京高裁で二審(控訴審)が始まった。男性裁判官1人だった一審とは異なり、二審は裁判長を中心に3人の裁判官が並ぶ合議体になった。裁判長が女性、左右に位置する裁判官(右陪席と左陪席)が男性だ。

 今西曰く、二審の通例としては1回の期日で終了となる事件が圧倒的多数だという。しかし、本件の裁判長はすぐに幕引きをしなかった。客観的証拠がないのは致し方ないが、周辺の事実関係でもいいから、本件と関係のありそうな事実について証言を得られないか、と今西に提起したのだ。

 これに奮い立ったのは厚子だった。「親としてなぜ子どもを守ってやれなかったのか」と自分を責めてきた厚子は、今こそ親としてできることはしてやりたかった。

 一審で「同級生なりを連れてきたらどうですか」と言い放った奥田に石丸がとっさに答えられなかったように、石丸は小学校の同級生との関係が完全に切れていた。一家としても転居しており当時暮らした地域とは縁遠くなっている。

 厚子はフェイスブックを使って、息子の同級生を探すことにした。すると、同級生本人ではないが、その弟が見つかった。彼にメッセージ機能を使って連絡を試みた。

 通常はフェイスブック上で友達になっていない人からメッセージを送信しても、気づかれることなく終わることが多い。仮に気づいてもらえたとしても、日頃から交流のない相手に返信をするかというハードルもある。

小学校の卒業アルバム ネクタイ姿が担任の奥田(仮名)

 だが幸運なことに、石丸の同級生の弟はメッセージに気づき、厚子に返事をよこした。さらに、彼は自身の母親に話を通していた。彼の母親は石丸と厚子のことを覚えていた。そして裁判のことをもうひとりの息子、つまり石丸の同級生に伝えたのだった。