万博の鉄塔に7時間も籠城、ついにはレスキュー隊まで…

 1989年3月25日から横浜市で開催された横浜博覧会に3千万円を投資しテナント(郷土料理店、飲食店、土産もの店)を出店したのだ。博覧会は総入場者数1千300万人を超える大盛況だった。が、店舗立地の悪さもあり、鈴木氏のテナントは想定外の不入り。そこで客集めとして、手塚治虫がデザインした横浜博のマスコット「ブルアちゃん」の着ぐるみを無許可で作製、中に自分が入って勝手に撮影会やサイン会を実施する。

 それでも思うように収益の上がらないことに苛立ち、同年7月30日、「ブルアちゃん」の着ぐるみを着て鉄塔の約30メートルの高さまでよじ登り約7時間にわたって籠城するという騒ぎを起こす。

 最後はレスキュー隊によって確保されたものの、この事件は大々的に報じられ、鈴木嘉和の名が全国的に広まった。なお、騒動は博覧会側の寛大な措置により厳重注意に留まり、その後も営業継続が認められ、独自の客寄せとしてヘリウム風船の浮力によりロープで係留されたゴンドラが高さ10メートルから20メートルに浮かぶ「空中散歩」のアトラクションを実施。

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 9月1日から閉幕する10月1日までこれを続け、約2千500人がゴンドラに乗って空中散歩を楽しんだ。このころから鈴木氏は「風船おじさん」の愛称で呼ばれるようになる。

 1990年、ミュージック・アンサンブルが倒産。4~5億円の負債を抱えた鈴木氏は、またも驚愕のアイデアを発表する。風船で太平洋を横断しアメリカに渡り、その広告料で借金を返済するというのだ。この時点で彼にとって風船への興味は冒険的な飛行実験へと飛躍していた。

次の記事に続く 「生存は難しいだろう」大手マスコミをだまして出発、妻は夫が残した借金を返済し続ける日々…世にも奇妙な「風船に取り憑かれた男」のその後(平成4年の事件)