「オニツカなんて知らない」市場調査で叩きつけられた現実
木多見は関西学院大学の出身で、在学中は日本一古い歴史をもつグリークラブ(男声合唱団)に所属していた。英語やフランス語のレコードにも馴染みがあったが、そのレコードを何度も聞き返すことで英会話の基礎を身につけたという。
もともと語学の才能があったのだろうが、オニツカの販売代理店となったブルーリボン社のフィル・ナイトにも「自分はレコードで英語を身につけた」といったように、ずば抜けたヒアリング能力の持ち主であった。
その木多見を伴った市場調査のなかで、喜八郎は愕然とした。世界各地でタイガーブランドは、まったくといってよいほど認知されていなかったのだ。
“Do you know the Onitsuka shoe brand ?”
各国で喜八郎と木多見はそう繰り返したが、返ってくる答えは決まっていた。
“Completely no”
〈まったく知られていないじゃないか!〉
32歳でゼロからシューズづくりを覚えた男は、初めて臨んだオリンピックであるメルボルン大会で金メダルを獲得し、次のローマ大会でも9個のメダルを手に入れ、自国開催の東京大会では金メダル20個、銀メダル16個、銅メダル10個の合計46個と大きな飛躍を遂げた。さすがにオニツカブランドもそれなりに知られる存在となっただろうと思っていただけに、行く先々で“Completely no”を聞いているうち、だんだん腹が立ってきた。
〈この情けないブランドイメージを放置しておけるか〉
思い上がった気分が闘争心へと変わった。
〈世界中のアスリートの目をオニツカに釘づけにしてやる〉
即座に木多見に命じた。
「12月のアジア競技大会から本格的に始めろ」
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