木下は女郎を身受けして同棲

色恋に潔癖な愛蔵は、女性関係にだらしない木下に苦言を呈することが度々あった。木下は何事にも熱情的な男だが、女性にもまた同様で惚れやすい。図太い性格はこういったときにも発揮される。好きになればぐいぐいと迫って距離を詰めようとする。じつは和にアプローチしていた頃も、廃娼(はいしょう)運動で知りあった女郎を身受けして同棲していたとも言われる。

和が前夫と離婚したのは妾(めかけ)の存在が許せなかったからだ。そんな木下の前科を知っていたのだろうか? 男女関係に潔癖な彼女には許せないことだと思うのだが……。

ふたりの関係がハッピーエンドで終わるはずがない。木下の女癖の悪さが、いずれ破局の要因になると、愛蔵は予想していた。尊敬する和が傷つき悲しむようなことにならぬよう、木下を必死に説得して結婚を思い留とどまらせようとした。

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そう考えていたのは愛蔵だけではない。他にもふたりを知る友人や知人たちの多くがこの結婚に反対した。

問題は木下の浮気癖だけではない。いまや彼女の存在は医学界のみならず広く世に知られている。それだけに10歳も年下の男と結婚したとなれば、無責任な噂が流れて彼女の名声が傷つけられるかもしれない。それを杞憂(きゆう)する声も多かった。

周囲は和の名誉を思って猛反対

出獄したとき、木下はすぐにでも和と会って求婚する気だった。しかし、燃えあがっていた恋心は、愛蔵をはじめとする周囲の者たちの猛反対にあって勢いをすっかり削(そ)がれてしまう。監獄生活で極限まで追い込まれた精神状態のときとは違って、自由の身となり友と酒を酌み交わすうちに心は解(ほぐ)れ、冷静に物事を考えられるようにもなっている。結婚によって和や自分が被る不利益にも思いが及ぶようになると、

「やっぱり、無理だ」

求婚を断念する。木下も30歳になっていた。人生において恋愛よりも優先すべきことが多くなっている。もう激情だけで突っ走れるほど若くはない。恋は終わった。