20世紀初頭、日本国内で45万3,000人以上もの命を奪ったと推定されるスペイン・インフルエンザ(スペインかぜ)。これほどの大惨事でありながら、なぜ“忘れられた感染病”となってしまったのだろうか。(全3回の2回目/つづきを読む

当時の予防ポスター(内務省衛生局編『流行性感冒』所収/国立国会図書館デジタルコレクションより)

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大流行が忘れ去られた「4つの理由」

 スペイン・インフルエンザを歴史的な視点から克明に分析したアメリカの歴史学者、アルフレッド・W・クロスビー博士は、人々がこの記憶を失った理由として次の4点を挙げている。

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(1)第一次世界大戦に対する関心が、スペイン・インフルエンザより優っていた。

(2)スペイン・インフルエンザによる死亡率は、高いとは言えなかった。

(3)スペイン・インフルエンザは突然やってきて、人々をなぎ倒しはしたが、あっという間に去り、戻ってこなかった。

(4)スペイン・インフルエンザは、超有名な人物の命を奪わなかった。

 このうち、(1)の社会情勢との関係について、日本ではもう一つの決定的な歴史的大事件も影響しているだろう。1923(大正12)年に発生した関東大震災である。

関東大震災画報:写真時報(出典「NDLギャラリー」/国立国会図書館デジタルコレクションより)

 震災による死亡者・行方不明者は約10万5000人に及ぶとされる。数字だけを単純に比較すれば、スペイン・インフルエンザはその4倍以上の日本人の命を奪ったことになる。

  しかし、関東大震災が社会に与えた視覚的・経済的インパクトは、目に見えないウイルスとは異なっていた。マグニチュード7.9と推定される大地震は、首都である東京と横浜を灰塵に帰し、総計37万棟もの家屋が全半壊、あるいは焼失・流出・埋没の被害を受けた。

 この凄惨な物質的破壊と社会経済的な混乱の大きさは、スペイン・インフルエンザの比ではなかった。日本人は感染症の恐怖よりも、目の前で首都が崩壊した震災の衝撃を記憶として深く刻み込むことになったのである。

関東大震災画報:写真時報(出典「NDLギャラリー」/国立国会図書館デジタルコレクションより)

 また、(2)と(3)の理由は先に概観した日本の状況を振り返るとそのまま当てはまる。

 日本における死亡率は、流行の波によって異なるものの、全体を通して約1.2%~5.3%であった。現代の基準から見れば極めて高い数字だが、当時の人々にとっては社会を崩壊させるほどの病には映らなかった。また、このウイルスの特徴として、ほとんどの場合、一度感染して生き残った人々が再び感染することはなかった。