韓国統一省は5月、北朝鮮憲法の改正点について明らかにした。金正恩総書記が兼務する国務委員長を国家首班と明記して権威を絶対化。核保有についての制度化も進めた。同時に、あまり目立っていないが、北朝鮮が1948年の建国以来、形式上はずっと維持してきた「無償医療制度」をついに放棄した。北朝鮮の医療制度は30年以上前から事実上の崩壊状態にある。その象徴が結核と麻薬の蔓延だ。

 改正憲法は第71条で「公民は治療を受ける権利を持(つ)」とした。高齢者や働けない人などは、社会保険・社会保障制度で医療を受けられるようにするとうたっている。北朝鮮憲法は少なくとも2019年の改正時までは、第72条で「公民は無償で治療を受ける権利を持(つ)」としていた。

©NOBU/イメージマート

医師は診断して、必要な治療薬を指示するだけに

 北朝鮮の医療制度はシステムとしてはよくできている。2000年代に世界保健機関(WHO)代表団として訪朝した関係者によれば、日本の町や村に相当する、最小行政単位の「里」には医師が24人ずつ配置されていた。1人の医師が約130世帯を担当していたという。関係者は「予防接種の記録もきちんと書き込んでいた」と証言する。

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 ただ、複数の脱北者は、北朝鮮の「無償医療制度」は1990年代半ばに起きた「苦難の行軍」と呼ばれる経済危機によって崩壊していたと証言する。脱北者の1人は「無料なのは診療だけだった。医師が診断して、必要な治療薬を指示された。市場で購入しない限り、何の意味もなかった」と語る。入院する場合も、支払いが必要だったという。周囲の住民もよほど重症でない限り、病院には行かず、市場で中国製の薬や漢方薬を購入して治していたという。

 別の脱北者は「診療は確かに無料だが、いろいろと金がかかった」と語る。平壌に住んでいたこの脱北者はある日、虫歯の猛烈な痛みに我慢できなくなった。職場の休憩時間を利用して病院に飛び込んだ。歯科には診療を待つ患者が大勢いたため、こっそりと賄賂を払って無事、休憩時間内に治療を受けることができたという。