投手保護の副作用

 現在の高校野球は、投手保護の思想が明確になっている。日本高野連は、投手の障害予防を目的に、公式戦で一人の投手が1週間に投げられる球数を500球以内とする制限を導入している。2020年から試行され、2025年度からは高校野球特別規則として正式化された。

 これは間違いなく必要な流れだ。かつての連投美談をそのまま現代に持ち込むべきではないだろう。選手の肩肘を守ることは、高校野球の未来を守ることにもつながる。しかし、球数管理、練習量の抑制、登板間隔への配慮が進めば、昔のように「大会を一人で背負い切る投手」は育ちにくくなる。これは善悪の話ではない。構造の話である。

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 昔の投手は、良くも悪くも実戦と練習で膨大な負荷がかけられていた。その中で、連投耐性、疲労下でのフォーム維持、終盤の出力、追い込まれた時の修正力を身につけていた。もちろん、そこには故障リスクもあった。だが、甲子園を一人で勝ち上がるための“異常な耐久性能”が鍛えられていたのも事実である。

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 一方、現代の高校生投手は、短いイニングで高出力を出す能力、球速、変化球の質、投球デザインは上がっている。だが、中1日で同じ出力を再現する力は、必ずしも昔の怪物型エース同様というわけにはいかない。だから、織田ほどのタレントでも、準々決勝で123球完封した後、中1日で智弁和歌山の強力打線に捕まる。これは織田個人の限界というより、令和の高校野球が持つ構造的な現実である。

 この変化が及ぼす影響は、より長期的なデメリットも考えられる。それは、投手が練習の時点で、短いイニングと少ない球数を意識して投げることも相まって、投手が長いイニングを投げることが困難になることだ。

 他のスポーツの例にはなるが、陸上競技の世界では箱根駅伝がマラソンよりも人気になったために、大学の長距離走の選手は駅伝を念頭において練習するようになり、結果フルマラソンで活躍できる選手がなかなか出てこなくなったという指摘がある。日本の高校野球、プロ野球でも同様のことが起こる可能性がある。

 つまり、球数制限がもたらしたのは、選手を守るという確かな成果と同時に、「馬力型エースが生まれにくくなる」という副作用だったのではないか。織田翔希ほどの投手が、中1日で本来の出力を保てなかった背景にも、この構造があると考えられる。

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 だが、令和の高校野球を読み解くうえで、球数制限だけがすべてではない。もう一つ、勝敗の構図そのものを塗り替えた大きな要因がある。低反発バットの導入である。

次の記事に続く 「100点のエース」だけではもう勝てない…? 智弁和歌山“史上初6投手起用”が証明した“令和の甲子園”の勝ち方