「球数制限」の浸透は、甲子園を一人で投げ抜く“馬力型エース”の存在を過去のものとした。横浜高校の157キロ右腕・織田翔希が中1日で捕まった背景には、選手保護が生んだ構造的な変化があったのである。

 だが、令和の高校野球を塗り替えた要因はそれだけではない。もう一つの決定的なピースが、2024年春に導入された「低反発バット」だ。“100点のエース”を擁する横浜は、なぜ智弁和歌山の“継投のパズル”に敗れたのか。令和の甲子園の勝ち方の真相に迫る。

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低反発バット時代の高校野球

 高校野球では2024年春のセンバツから新基準の金属バットが本格導入された。新基準では、最大直径が従来の67ミリ未満から64ミリ未満へ細くなり、打球部の肉厚も約3ミリから約4ミリへ変更された。日本高野連の実験では、打球初速が約3.6%減少し、反発性能も5~9%落ちたとされている。

 この変化は、単にホームランが減ったという話ではない。高校野球の勝ち方そのものを変えた。

 打球が飛ばなくなると、投手の失投に対するペナルティが小さくなる。以前なら外野の頭を越えた打球、あるいはスタンドまで届いた打球が、外野フライや単打にとどまりやすくなる。そうなると、圧倒的なエースでなくても、守備と配球が整っていれば試合を作れる。言ってしまえば、100点のエース一人だけでなく、75点、72点、70点、68点の投手を複数持っているチームが、トーナメント全体では安定しやすくなる。

 高反発バットの時代であれば、少し力の落ちる二番手、三番手投手は、上位打線に一気に捕まるリスクがあった。甘い球が長打になり、長打が大量失点につながる。だから、絶対的エースをできる限り引っ張る選択が合理的だった。

 しかし、低反発バットの時代では、そのリスクが以前より抑えられる。二番手、三番手でも、ストライクを取れて、守備と連動できて、無駄な四死球を出さなければ、5回2失点、3回1失点のような役割を果たしやすい。つまり、低反発バットは「投手層の中間層」を戦力化しやすくしたのである。