2026年現在の高校野球では、バットの重さは900グラム以上と規定されている。その中で、各メーカーは少しでも軽くしようと、規定ギリギリの910~920グラムのバットを開発する傾向にあるという。高校生がバットを振り抜きやすいからだ。

 その点、当時ゼットパワーを販売していたスタッフたちは、池田の使っていたゼットパワーは900グラムより遥かに重く、1キロ近くあったのではないかと口を揃えたという。

「注文が殺到した。とんでもなく売れた」

 太いバットであれば、ボールが当たる芯の範囲が広い。だが、重くなれば、高校生が力強く振り抜けなくなる。

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 池田の選手たちはゼットパワーを振り抜けるほど、上半身を大きく鍛えていた。走り込んで下半身を太くするべきという考えが主流の時代にあって、である。

 蔦が意図したかどうかはわからないが、バットの特性と池田の選手の体だけ見れば、“道具視点〞で打撃力が強化されていた。「そこに驚きました」と星は言う。

「実は現在のアメリカの野球がその流れなんです。大きい体で重いバットを振り抜く、パワー重視の野球が今のメジャー。それに似た池田のようなチームは、当時の高校野球で異色だったでしょうね。現代の高校生でも1キロ近いバットを使いこなすのは難しいと思います」

 池田の選手が使っているバットとして、ゼットパワーは異例の人気を集めた。80年代にベースマンに勤務していたスタッフは「注文が殺到した。とんでもなく売れた」ことを覚えていた。

 甲子園という名の野球用具の大展示会で、人気チームが使用したグッズは爆発的に売れる。そうしたビジネスモデルも、「池田が先駆けだったのではないか」と星は言った。

バットのせいで、あれだけの長打が出たと思っているわけです

「高校野球で生徒が使う用具はメーカーから提供されるものなのですか」とわたしは訊いた。

「無償提供は禁止されています。ただ、たとえばモニターとして新商品を使ってもらったり、学校のOBに渡してそのOBが学校に寄付したりという形をとることもあるみたいです。令和の今は、一社のメーカーだけを使っているチームは減りました。(無償提供を)疑われるので。無料でもらうことほど怖いものはない、という意識が浸透していったようです」

蔦文也 ©文藝春秋

 知人の高校野球ライターによると、メーカーを乗り換える際に、販売店と高校が揉めることもあるそうだ。販売店は自分たちが取り扱っているメーカーの用具を卸したい、高校はより良い用具を購入したいという利害がぶつかるからだ。

 蔦がゼットパワーを初めて知ったのは、1982年、岡山南との練習試合でのことだった。蔦本人が明かしている。

《打球がものすごく大きな音がすると同時に、飛距離が違うのです。(中略)このバットを夏に採用したわけです。そしたらそのバットがよくて、バットのせいで、あれだけの長打が出たと思っているわけです》(『研修講義録集』1983年3月)

割れる直前がよく飛ぶ

 池田がゼットパワーの恩恵を受けたのは、同1982年から85年頃までの、わずか3年ほどだった。

 ゼットパワーには、割れやすいという欠点があった。割れる直前がよく飛ぶ。そのような認識が高校球界の現場で広がっていた。頻繁に折れれば、木製バット時代の耐久性の問題が再び浮上する。それを受けて、80年代中盤からバットの規定が見直されたのだ。

 さらに、トレンドは移り変わり、ゼットだけでなく、ミズノやSSKといったメーカーからも人気商品が生まれた。1992年には、ミズノが開発した超軽量バット「BX701」が大ヒットする。大会屈指の強打者・松井秀喜が使用したことが火付け役になった。

次の記事に続く サインはバレバレ、緻密な戦略もゼロ…? OBが明かす“やまびこ打線”池田高校・蔦監督が世間から「神格化」された日

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